2話 父の再婚、ヤンデレ義妹との再会



 夏休みも終わりかけてるある日。

 俺、飯田 亮太はデートからの帰り道、女の子を助けた。


 それから数時間後。

 俺は都内のホテルにいた。


 開田リゾートホテルという、超高級ホテルのラウンジに呼び出されたのだ。


「おーい、亮太ぁ! こっちだこっちぃ!」

「親父……日本に帰ってたのかよ」


 窓際のソファに座っていたのは、ガタイのいい男。


 俺の親父・【飯田 哲郎】。

 海外で獣医師をやっており、あっちこっち飛び回ってる。


「で、なに? いきなりホテルに来いって」

「おう! 実はおれ、再婚することになってな。今日その相手と食事するから、お前にもあってほしくてよ!」


「……はぁ、再婚?」


 俺んちは父子家庭だ。

 海外を飛び回って、家のことをおろそかにしてる親父に愛想を尽かせ、母親は他に男を作って出て行った。


 俺は置いてけぼりくらったが、まあそれは今はどうでもいい。


「おうよ。すげえ美人なの。ま、連れ子がいるみたいだけどね」

「再婚に連れ後って。急だなおい……」


「お母さんに似て美人だぞぅ。しかも高校生、そのうえおまえと同年代」

「はぁ……そう……」


 はて、と親父が首をかしげる。


「おいおいリアクションが薄くない? もっとどひゃー! とか、そんな同世代の女の子と同居なんてー! みたいな、そういうリアクションほしいなぁ」


「あほか。どこのラブコメ漫画の主人公だ。妹とはいえ他人じゃねえか」

「ちぇー、つまらんなぁおまえは」


 親父の事は尊敬してる。

 職業は獣医師だ。しかも野生動物を相手にしている。


 危険な仕事、だが誰かがやらないといけない仕事だ。


 親父は身の危険を顧みず野生動物たちの命を助けている。立派な医師だ。


 だが人の親としてまったく尊敬してない。


 家庭を毛ほども顧みず、自分の都合で家族を平気で振り回すやつなのだ。


 だって離婚して間もないころ、 自分の身の回りのことは自分でやりなっていって、まだ小学生の俺を置いてった。


 ……まあおかげで家事スキルは無駄に養われたが。


 ともあれそんな家庭環境にあったので、親父が急に再婚するって言われても驚きはすれど、まあそこまで抵抗はなかった。


 好きにすればって感じ。


「もしかしておまえなんか落ち込んでる?」


 親父が急にぶっこんできた。


「な、なんでわかるの?」


 父親だからか?


「がはは! 野生動物の臨床医をなめるでない! おれぁ物言わぬ獣を相手に治療してるんだぜ? 表情とか動きから、相手の気持ちを機敏に察知できるのだよ!」


「ああそうですか……じゃあなんで母さんは愛想付かされて出てったんですかね」


「いやいや、母さんが不機嫌になってるのは気づいてたよ? でもほら仕事あったし、後回しにしてたら手遅れになってさ★」


 いくら仕事が大事だからってもうちょっと家庭を大事にしてくれよ。

 てゆーか、よくこんなのと結婚するって人が現れたな。聖人か?


 ……ま、どうでもいいや。


「んで、何があった? ん~? ぱぱんに言ってみ? ん?」


 俺は簡単に今日あったことを説明する。


 恋人……みしろが潔癖症だったこと。

 男嫌いが原因でフラれてしまったこと。


 そしてそのあと、人助けしたこと。


「ほえー、困ってる女の子を助けたのか! いやぁ、やるねえ! さすがおれの息子! この正義マン!」


「そんなんじゃねえって……単に、勘違いだよ」


 あのとき、俺は元カノがチンピラに絡まれてると思った。


 でも実際は顔が似てるだけの違う女だった。


「知らない女を助けるほど俺はお人よしじゃねえよ」

「素直じゃないねえ。なんにせよ、人助けはいいことだ。よくやったな」


 にかっと笑って親父が俺の頭を撫でてくれる。

 まったく、こういうとこがあるから、嫌いになれないんだよな。


「で? で? そのことはその後どうなったんだよ! 人助けしたんだぜ? そこからラブストーリーが始まる的な!?」


「ねえよ。さっさと帰った」


「そんなぁ! どうして? そこで恩を着せりゃ、ワンチャンあったかもだろ!」

「できるかよ、相手の弱みに付け込むような真似」


 それに俺は、別にその子を助けたくって助けたんじゃない。

 元カノをほっとくのが、寝覚が悪いと思ってやったこと。要は勘違いだ。

 見返りを求めていい立場じゃあない。


「それに……」

「それに?」


「なんか、ちょっと重そうな雰囲気があってさ……」


 あのときであった少女、夕月は、ぜひお礼をとか、命の恩人ですとか。


 なんだか妙な迫力があったのだ。


 結局こちらの勘違いだったこともあり、さっさと逃げてきた次第だ。


「ふーん、もったいないねえ……お! 亮太! 来たぞ! おーい真理子まりこぉ! 夕月ゆづきちゃーん! こっちこっちー!」


 どうやら再婚相手とその連れ子がやってきたみたいだ。


 ん? ……今、親父、なんていった……?


 親父が目線を向ける先には、スーツ姿の美人。 

 そして、学生服の少女がいた。


「なっ!? お、おまえ……さっきの……!」


 ふわふわとした髪質。

 ミニスカートに、気崩した上着。

 そして……みしろにそっくりの、美しい顔つき。


「おん? なんだ亮太、おまえ夕月ゆづきちゃんのこと知ってるん?」

「いや、知ってるも何も、さっき言った女だよ……」


 夕月はうつむいてフルフル、と体を震わせている。

 怒ってるのか? 俺が、さっさと逃げたから……?


「会いたかった……!」


 彼女は俺に駆け寄ってくると、そのままの勢いで飛びついてくる。


「ちょっ!?」


 突然のことに対処できず、俺は後ろに倒れてしまう。

 どしん、と腰に衝撃。


 俺の腹の上に、夕月は馬乗りになっていた。


「お、おまえ……なにして……」

「会いたかった! あなたに! もう一度お礼が言いたくって!」


 夕月は俺の上で子供のように大泣きしている。

 な、何なんだこの女は……。


「哲郎さん、これはいったい?」


 夕月の母親が困惑している。

 ……てゆーか、この人が俺の義理の母となる人なのか。めっちゃ美人だな。


 で、夕月はその娘……つまり、俺の義理の妹になるわけで。


「実はかくかくしかじか」

「まあ……そんなことが。ふふっ、優しい息子で良かった♡」


「でっしょー? これなら二人暮らしも安心安全だなぁ!」


 ……ん? んん!?


「お、親父! あんた今なんつった!?」


 ほえ、と親父が首をかしげる。


「夕月ちゃんとおまえの、二人暮らし」

「ちょっ!? なんでだよ!」


「だっておれ、海外にすぐ戻るし、真理子さんもついてくるし。でも夕月ちゃんは高校いかなきゃだからな。あ、おまえと同じアルピコ学園に通うからヨロシク」


 ……おいおいマジかよ。

 助けた女が、まさか義理の妹になるなんて。


 しかも、一つ屋根の下に、二人暮らしだと?


    ★


 飯田いいだ 亮太りょうたと義理の妹になった、飯田 夕月ゆづき


 夕月はひとり、ホテルのトイレにいた。


「…………」


 新しい父となる人物、そして彼とのファーストコンタクトを終えた。

 その後ホテルでの食事会が行われた。


 しばらくして中座し、トイレの個室にこもり、その壁に背中をあずける。


「うそ……信じられない……まさか、こんなに早く再会できるなんて……♡」


 夕月はここへ来る前、買い物に出かけていた。

 そのときナンパされて困っていたところを、亮太に助けてもらったのである。

 

 亮太、自分を助けてくれた、彼を思い出すと体が熱くなる。


 夕月は【とある事情】から、男性恐怖症をわずらっていた。


 男はみんな、見た目のいい夕月に優しくしてくれる。


 だがそこには打算があった。

 じっとりとした、性欲に濡れた瞳で、男たちは夕月のナイスボディを見てくる。


 男は、怖い。男は嫌い。そう思っていた。


 だが、亮太は違った。

【見ず知らずの】自分を助け、さらに【何の見返りもなく】去っていった。


 なんてすばらしい男性なのだろう。

 夕月は一発で彼に惚れた。そして……。


「はぁ……♡ 兄さん……♡ 好き……♡」


 夕月はポケットからスプーンを取り出す。

 それは、さっきホテルのレストランで、新しい家族で食事したとき、亮太の使っていたスプーンだ。


 すきを見てくすねておいたのだ。

 夕月は亮太の使用済みスプーンを、何の躊躇もなく口に咥え、彼の味を体に刻みつけるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る