第4話
事務の仕事には先輩がいて、社長より一つ年上の伊沢さんという女性のパートさんだった。伊沢さんの旦那さんが、社長の義理の兄にあたり、親戚という縁もあり働いているのだという。
ハキハキと話す気持ちのいい人で、女性らしい色気もあり、かと思えば手書き書類の文字がえらく達筆という、たまらないギャップがある。
「まだ主人と結婚する前の同棲時代に、病気になってね・・・子宮はとっちゃったの。気づいてなかったんだけど、その時、妊娠もしてて、でも赤ちゃんも諦めてくださいって言われて・・・」
問題なく健康に見える伊沢さんには、壮絶な過去があった。
だから、福崎さんも体には気をつけてね、なんて明るく言ってくれるから、私は目の奥がツンとして、泣きそうだった。
こんなに優しく面倒見の良い、誰が見たって良いお母さんに慣れただろう人が、自分の子供を産めないなんて、神様は残酷だなんて思ってしまう。
伊沢さんの旦那さんとは、社長に誘われたゴルフで何度か御一緒したことがある。
信楽焼の狸の置物のような、愛嬌のある体型で、いつもニコニコしている気さくな人だが、スキンヘッドのせいかサングラスをかけると一気に人相が悪くなるとう悪い方のギャップがある。奥さんと真逆だ。
服装が割とちゃんとしているせいが、外国のマフィアみたいな時あるし。
旦那さんは、ゴルフの打ち上げでいつも飲みすぎて、迎えに来た伊沢さんに怒られながら、車の後部席に放り込まれていた。
あんなふにゃふにゃになった、推定体重100kgの旦那さんを・・・。
旦那さんのゴルフ仲間は、万年新婚さんだの良い奥さんだのはやしたて、伊沢さんは私と目が合うと恥ずかしそうに笑った。
そして、真顔になると
「次から、あの人の水割りはただの水でいいから!ただの水にレモン絞っとけばいいから!それ飲ましといて!!」
と、私に言った。
絶対にバレるって・・・いや、もしかしたら、家でそうやって飲んでるから自分の許容量を勘違いしているのかもしれない。
伊沢さんと旦那さんは本当に良いご夫婦だ。旦那さんは、お酒が入ると毎回、奥さんの惚気を繰り返す。伊沢さんは知らないだろうけど。
私と社長のゴルフの縁は、退社後も続いて、その関係でゴルフ仲間のグループラインにも入っていた。コンペが近くなると幹事から通知がきて、出欠が確認される。
退職後二年が経った七月に通知がなった。七月と八月は真夏を理由にコンペの開催はしていない。
メッセージを開くと、伊沢さんの旦那さんが入院したから、見舞金を集めたいという内容だった。
ステージIIの大腸癌とのことだった。
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