第九章〜朝日〜
朝日の光で目が覚めた。
目の前には鹿児島の街並みが広がっている。たしかに何十年か前に此処で戦争があった。
多くの人が国を守るためにと必死で自分の人生を切断せざるを得ない境遇に立たされた。
普通の人達だった。自分達と同じように笑い悲しみ、一瞬一瞬を生きていた。多くの特攻隊員がこの地で生きていた。しかし、今その息吹を感じることは難しい。なぜあの人たちはあの時代に生まれて死ななければならなかったのだろう。そのことを考えるとやるせない気持ちになった。なぜ自分が今の時代に生まれて、あの人たちがあの時代に生まれたのか。毎日そのことを考える。
街を行き交う人や車を見ていると、無性に悲しくなった。あの人たちはもう存在しない。兄と同じだ。自分が出会った人たちはもうこの世界には存在しない。ただただ悲しかった。唯一、上光さんの存在だけが希望だった。
またみんなに会いたい。その一心でインターネットで特攻隊員について調べた。知覧には特攻隊員の遺書が展示されている施設があるらしい。上光さんと訪れたい。そう思った。
テレビをつけると戦争のニュースが流れている。ロシアとウクライナが戦争をしている。無惨だ。この時代にも戦争が起こっている。
なぜ戦争はなくならないのか。現地に居る人達の気持ちを想像すると心が痛くなった。今も殺し合いが行われているのだ。耐えられない気持ちになった。
そっとテレビを消し、朝ごはんを食べた。白いご飯を食べたのは久しぶりだ。ふっくらとしていて美味しい。お店に行けば食材はいくらだってある。夢のようだった。
準備をして上光さんの部屋を訪れた。何度か扉を叩くと上光さんは出てきた。目の下が茶色くなっている。眠れなかったのかもしれない。
「おはようございます」
「あおいさん、おはよう。いまだに夢を見ているようで、現実なのか夢なのか分からないんだ。いつになったら夢から覚めるのか。自分がどうすればいいのか分からない。本当なら僕は今頃もうこの世に存在しない。朝方に出撃してもう死んでいる人間だ。そんな人間が生きていて良いのか。そんなのずるいじゃないか」
上光さんは自分を責めていた。
「わたしのせいでごめんなさい。上光さんがこの時代に来たのは何かの運命だと思います。だからそんなこと言わないでください」
「申し訳ない。もう少し一人にしておいてくれないかい」
そのまま上光さんは扉を閉めてしまった。
このまま待っていても何も変わらない。自分はあの時代のことや特攻隊員について調べる必要がある。本屋さんに行き、関連するものは全て購入した。
ホテルに戻ってからはひたすら本を読んだ。三角兵舎にまつわる本は読んでいて懐かしい気持ちになった。三角兵舎で特攻隊員のお世話をしていた女学生の手記があった。読み進めていくうちに千恵子さんの名前が出てきた。他にも知っている隊員の名前が出てきた。驚いたことに上光さんの名前も出てきた。上光さんが所属している隊は五月十一日に出撃している。
上光さんは突如姿を消したことになっているのだろうか。疑問に感じた。あの後、上光さんは行方不明という扱いになったのだろうか。もっと調べなければならない。生き残りの人に話を聞くことはできないのだろうか。知覧特攻平和会館に足を運ぶことにした。
再び上光さんの部屋を訪れる。扉を叩く音と同時に上光さんが出てきた。
「今から特攻隊の遺品が展示されている施設に行きませんか」
「そこに仲間のかけらが残っているなら一緒に行きたい。今とても悲しい気持ちだ。自分だけが取り残された気分になっている。仲間に申し訳なくてどうしようもない。またみんなに会いたい」
準備をしてバスに乗った。上光さんは終始、下を向いて目を瞑っている。バスからの景色を見ることはない。ようやく知覧特攻平和会館に着いた。辺りにはいくつもの石燈籠が並んでいる。一つ一つが特攻隊員のお墓のようだ。
施設の中に入ろうとすると上光さんは足を止めた。深く深呼吸をして上を向いている。ようやく中に入った。中は一面、特攻隊員の写真が並んでいる。遺書も展示されている。上光さんはただ悲しい目をしながら呆然としていた。
「お元気で」
「身体に気をつけて」
「敵艦に体当たりします」
「笑って征きます」
「さようなら」
遺書にはそんな言葉が並んでいた。涙が滲んでまじまじと見ることはできなかった。こんなにもたくさんの人たちが命を落とした現実が受け入れられなかった。本来なら命を落とすはずだった上光さんが目の前に存在する。この中に上光さんの知っている人も居るだろう。
上光さんの足が止まった。視線の先には同じ部隊だった人の遺影がある。戦死した日は五月十一日と記されている。小川さんの写真もあった。あの後たしかに死んだのだ。家族を残して。
「みんな出撃して帰らぬ人になったんだ。なぜ自分だけ」
言葉が出なかった。
「あ」
上光さんと自分は同時に声を出した。驚く事にそこには上光さんの遺影もある。それは間違いなく上光さんだった。飛行服を着てはにかむ上光さんの姿がそこにはあった。
「これは自分だ。一九四五年五月十一日に戦死していることになっている。どういうことだ。なぜ自分は戦死したことになってるんだ。今ここに存在する自分は一体何者なんだ」
上光さんは混乱していた。同時に自分も混乱した。写真の中の遺影は間違いなく上光さんだ。では、目の前に居る上光さんは幽霊なのか。そんなわけがない。触ることができる。話すことができる。目の前に居る上光さんはたしかに生きている。死んでなんかいない。謎は深まる一方だった。
一九四五年五月十一日戦死という言葉が重く頭にのしかかった。
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