桜の綾が香るとき

冬城ひすい

第1話:モノローグ

黄昏の空を見上げている。

夕映えに秘められた憂愁を紅と紫が彩っていた。

ただでさえ物悲しくさせる色彩なのに、そこに金の燐光が加わる。


ふと、視線を大地に向ける。


桜が舞っている。

まるで冬の銀花みたい。

温かな風が穏やかに吹き抜けるたびに祝福の欠片を零す。


綺麗。可愛い。美しい。

どんな言葉をもってしても言い表せるような安い景色じゃない。

空も地も今この時を終えたら、燃え尽きてしまうのではないかと錯覚するほどに。


ああ、本当に温かい。


こんなにも心が落ち着いてるのはきっと目の前にいる彼のせい。

誠実で、優しくて、思いやりがあって。

でもだからこそ弱くて、脆くて、危なっかしい男の子。


そんな顔をしないで。


これは泡沫うたかたの夢。

神様が握らせてくれた幸福の温もり。

だから幻想ゆめはいつかぱちんと弾けて終わってしまう。

結末を迎えた絵本を閉じるように。


この一年間の奇跡は誰の記憶にも残らない。

多くの人に証を残せなくても、ただ一人だけでいい。



――彼だけは忘れないでいてほしい。

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