第12話:どんだけの羞恥プレイだよ

「夜宮くん! あのお店って美味しいクレープを売ってるところだよね!? 食べようよ!」


水族館を堪能し尽くした俺たちは、近くの商店街に寄って冷やかして回っていた。

そんな時に海辺の広場にいくつかの露店が出ていることに気づいたのだ。

俺が綾香の指さすほうを見ると、確かに話題の『ショコラート』というスイーツデザート専門店が活況を呈していた。

この辺りに足を向けることはあまりなかったため、新しい発見をした気がする。


「そうだな。俺も食べてみたい気がするんだけど……」

「ん? どうしたの……?」


俺は綾香に言うべきか悩んだが、結局伝えることに決める。


「この店はカップル限定なんだよ。ほら並んでいる人たちも男女でペアになってるだろ?」

「わ~ほんとだ。でもそれならわたしと夜宮くんで――」

「俺とお前は別に付き合っちゃいないだろ」


途轍もなく心臓に悪い言葉が飛び出しそうだったため、勢い任せに遮った。

それに対して、綾香はぷんすこご不満のようだ。


「むぅ、わたしは別にそれで――ううん、それがいいんだけどな……」

「何か言ったか?」

「なにも! そういえばこのお店には裏メニューがあるんだよ……?」


俺はそんなことを聞いたことはなかった。

綾香は裏メニューのことは知っていて、カップル限定だということはどうして知らなかったのか。

そう問い詰めたくなる俺だったが、きっとうまく丸め込まれるに違いないので遠慮する。

裏メニューは、きっと通な人の間で人気なものなのだろう。


「俺は絶対に買いに行かないぞ?」

「そっか……。幼馴染の関係ってその程度のものだったんだね……。わたしは死ぬ覚悟で夜宮くんに会いに来たのに……」

「ちょっと待て! いくら何でも大袈裟すぎるだろ! はあ……分かったよ。どうすればいい?」


マジのマジで死んだ魚の目を再現する幼馴染の演技力に冷や汗が流れた。

ここは折れるしかない。


……というか、俺はただひたすらに毎回折れてる気がしてならない。


「ふっふーん! 店員さんに注文するときに『シークレットラブで』って言えばその場に男の人か女の人の片方しかいなくても美味しいスイーツをテイクアウトできるの! 確認も取られないみたいだから、密かに寂しい人たちが買いに来るって噂もあるみたい」

「いや、それは俺がその寂しい奴にならないか……? というか『シークレットラブ』ってどんだけの羞恥プレイだよ……」


和訳にして『密やかな愛』。

やはり、買いに行くのはやめようか。


「お願い……。ね、夜宮くん」

「……まあ、他ならぬ綾香の頼みだ。買ってくる」


そんな表情をされたら行かないという選択肢はないだろう。

まったく甘いなと思いつつも、俺は恋人たちが列をなす中、一人で列に並ぶ。

そう言えば、俺じゃなくて綾香が並んだほうが痛い視線を受けないんじゃないかと思ったが、すでに綾香は少し離れたベンチに座っていた。

今更呼ぶのも一度引き受けた男として情けない気がする。


「……ま、なんとか頑張るか」



♢♢♢



非常に居心地の悪い思いをすること、三十分弱。

手に入れたのは豪華なフルーツをふんだんに使ったクレープだ。

何がシークレットかといわれると分からないが、割とまともなメニューでほっとした。


「買ってきたよ。ほら」

「わー!! ありがとー!」


そうは言うものの、一向に手を触れようとしない。


「食べないのか……? ひょっとして、俺の醜態を見るためだけにこんなことを……?」

「ううん、大好きだし、からかうつもりもないよ。ただ――」


主語のない『大好き』に思わず俺はぴくりと身体を動かしてしまう。

いやいや俺じゃなくて、クレープに言ったんだ。

意識しすぎだろ、俺。

そういえば綾香の肩が少しだけ俺に当たっている。

そのせいで意識してしまうのだろうか。

視線を中空に彷徨わせる俺に小さくもはっきりとした言葉が紡がれる。


「――わたしに食べさせてくれない?」

「……は?」


赤面しながらワンピースの裾を握る綾香は相当な勇気を出していることが分かる。

いや、でも。

それは恋人の――。


「俺と綾香は別に恋人じゃないけど、それでもいいのか……? それに飲食を見られるのも嫌だって言ってたし」

「うん。今だけはいいの。ほら、いずれ夜宮くんと寄り添える女の子が現れたときのための予行演習だと思って」

「あんまり俺はそういう考え方は好きじゃないけどな――じゃあ、はい」


俺自身も恐らく赤面していると思う。

心臓の鼓動がいやに近くに聞こえ、少しだけクレープを差し出す俺の手も震えていた。

そして、ベンチの前を通る通行人の憐れそうな表情が心をチクチクと刺した。

羨望こそあれ、なぜ憐憫の眼差しを受けねばならないのか……。


「はむ……」


俺は綾香がもくもくと小さな口を動かす姿に思わず見入ってしまう。

なんというか、身長的にも頭一個分ほど高い俺からすれば、小動物を見ている気にもなる。


「……見すぎ!」

「あ、悪い……。あまりにも、その」

「ん……? ……ほほう。わたしの可愛さに見惚れてたんですな……? そうですな?」


口元に手を当て、からかいの感情を込めた流し目で俺を見てくる。

いちいち鼓動が早くなるのは俺のどこかが悪いのだろうか。


「いやその変なしゃべり方やめろ!」

「ふふふ、夜宮くんは反応が素直で楽しいなー!」

「それはよかったな! それで? 俺が羞恥プレイで買ってきたクレープの味はどうだ? 美味しかったか?」

「もちろん! 甘い果実とふんわり焼かれた生地が絶妙にマッチしててすっごく美味しかったよ! ありがと、夜宮くん!」


綾香は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

ちなみにシークレットラブの由来は、生地の中に潜んでいたフルーツがハート型に成形されているからなんだそうだ。

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