第64話 魔手 ※レイン視点

 ラキタル商会で魔力測定を体験したあと店内でいくつかの商品を買ったレインたちは帰路についた。

 夕焼けが街路を照らす中、馬車の中では嬉しげな声が響いていた。


「レインお姉様!魔力が橙色ですとどのくらいすごいのですか」

「そうですね…。私がフィア様と同じくらいの頃の魔力量は黄色くらいだったので将来的に私よりも魔力が多くなるかもしれませんね」

「ほんとですか!? いつかお兄様のお役に立てますか?」

「ええ。きっと」


 魔力量が橙色とわかったフィアの喜ぶ様子は無邪気で微笑ましい。

 それと対照的に落ち込んでいるのは少女が一人。


「シア様」

「………」

「その年齢で魔力量が緑というのは十分すごいことなのですよ」

「…でもフィアの方がずっと多い」

「どうして私の魔力量が黄色から赤色まで増えたかわかりますか?」

「…才能とか?」

「いいえ。確かに才能という要素も少ないながらもあったのかもしれません。ですが、それ以上にたくさんの鍛錬を積んだからです。シア様は武芸が得意とお聞きしていますが最初に弓を打って時と今とでは射撃の正確さに雲泥の差があるのでは?」

「…最初は十本射って七本しか的に当たらなかったけど、今なら十本全部当てられる」


 内心で弓術の卓越さに舌を巻きながらもレインは続ける。


「全てを当てられるために何をしましたか?」

「いっぱい練習した」

「それと同じです。魔力も成長させるには日々の鍛錬を怠らずにおこなうことが大事なのです」

「…たくさん魔術の練習をすればフィアにも追いつける?」

「私が黄色から赤色へ成長できたのです。シア様も成長できます。私もお手伝いします」

「…兄上のお力にもなれる?」

「必ずなれますよ」


 下を向いていたシアの目に闘志が宿るのをレインは確かに見た。


「…なら頑張る! 絶対にフィアに追いついて追い越す!」

「負けてられませんね。フィア様?」

「はい。私だって負けません!」


 元気を取り戻し、今後の魔術の鍛錬について話し始めた二人をしばらく微笑ましげに見ていたレインだったが馬車が突然止まったことで意識を外に向ける。

 まだ滞在している伯爵家の別邸に到着するには早い。

 にも関わらず馬車が停車したということは何か問題があったからだろう。

 馬車の前に人が飛び出して止まるといったことは珍しくない。

 今回もそれだろうと考える一方で妙な胸騒ぎがする。

 遅れて馬車が止まっていることに気づいた二人の皇女が不思議そうに小首を傾げている。

 

「フィア様、シア様。何か問題があった様です。騎士達に状況を聞いてきますので少々お待ちください」

「わかりました」

「わかったわ」


 馬車の扉を開けて外に出たレインは驚愕に目を見開いたと同時に失態を悟った。

 車内で談話している最中、一度たりとも外の喧騒や車輪が道を走る音を聞いていなかったのだ。

 つまり、誰かが遮音の魔術か結界を馬車に施していたことになる。


「…これは」 


 外では護衛についていた白鳳騎士二十名が数十人の外套を目深に纏う襲撃者たちと激しい戦闘を繰り広げていた。

 既に血溜まりに伏す襲撃者もいる一方で白鳳騎士に無傷な者も一人もいない。

 全員が傷を負い、血を流しながら戦っている。


 白鳳騎士と黒鳳騎士はアルニア皇国が誇る最精鋭であり、唯一の騎士団だ。

 騎士団と衛兵や兵士を含む軍とでは明確な違いがある。


 軍の仕事は国境警備や閣僚内の治安維持で指揮権は将軍や各貴族が有しているのに対して、騎士団の仕事は主に皇城の守備や皇族の護衛であり、彼らに命令を下せるのは皇王と宰相、あとは指揮権を渡された者だけ。

 そもそもアルニア皇国の騎士団とは特別戦闘能力が高かったり、自ら志願し厳しい訓練を乗り越えた者のみが就けるエリート職だ。

 

 グリフォンに跨り空を駆けて長槍で戦う白鳳騎士ではあるが当然白兵戦もできるし、剣も相当の扱える。

 そんな彼女たちが護衛対象がいるとはいえこれだけの手傷を負い防戦一方という状況は相当に異常だ。


 この場において、レインの立ち位置は【公爵令嬢】レインではなく、【氷風の才女】レインであり、護衛対象ではなく皇族の護衛。

 当然、持てる力を振るい、万難を排除しなければならない。

 しかし、魔術を行使しようとしたところでレインは自らの異変に気がついた。


「魔術が…発動しない…?」


 慣れ親しんだ魔術が使えないだけでなく大気に漂う魔力も自身の魔力さえも感じられない。

 魔術が使えないのではレインの戦闘力はないに等しい。

 【氷風の才女】であろうとした彼女は強制的に【公爵令嬢】であることを余儀なくされたのだ。

 かつてない状況に戸惑うレインの元へ襲撃者の一人が肉薄する。

 振りかぶられる長剣がレインに触れる前に白鳳騎士の一人が無理やり割り込み自らの身体と盾した。。

 背中をと斬られ顔を歪めながらも白鳳騎士は振り返り様に剣撃を返すが、襲撃者は血濡れの長剣で容易に防いでみせた。


「総員馬車を中心に密集陣形っ!」


 その様子を視界の端にとらえていた護衛隊長の白鳳騎士が声を上げるとそれまで馬車の周りや少し遠い位置で戦っていた騎士達が一斉に馬車まで下がり円陣を組む。

 明らかに重傷なレインを守ってみせた白鳳騎士も歯を食い縛り剣を地面に突き立てながら立ち、苦しげな声を上げながらも円陣に加わる。


「あなた…その怪我では…!」

「ご心…配…には……及びません」

「ですが…!」

「レイン様、よく聞いてください」


 自分を庇い傷を負っている騎士の様子に動揺したレインに油断なく襲撃者を睨みつけて構える護衛隊長はレインの方を見ずに口を開く。

 以前会話をした時は朗らかな声音であったが今の彼女の声は鋭く逼迫していて息も少し荒い。


「この襲撃者たちの目的は恐らくレイン様と馬車に乗っていらっしゃるお二方です」

「なぜ…」

「わかりません。それよりも今はこの場を切り抜けることが先決です」

「…そうですね。隊長、状況説明を」

「はい。襲撃者の数は四十と少し、街中であるにも関わらず人がいないどころか戦闘音を聞いてやってくる者もいないことから何かしらの結界が作用しているかと」

「魔術が使えないのは結界の効果ですか?」

「魔術が…? 私たちは身体強化の魔術を使えてますが…」

「では私個人に施されているようですね」


 方法は不明だがどうやら敵はしっかりと自分への対策を行なっていなかったようだ。


「敵は強いのですね?」

「…はい。それも相当な腕利きたちです。一対一ならば負けることはないでしょうが…」

「多勢に無勢…ということですね」

「恥ずかしながら。加えてこの襲撃者たちですが時節人間らしからぬ動きを見せてきます。力も人間の限界を超えている者が数人混ざっています」


 まさに絶体絶命ということは理解できた。

 これをどのように覆すか。


「…私を囮にお二人を逃すというのはどうでしょう」

「相手が有利なこの状況で交渉に乗ってくるとは思えません。どうにか血路を開くしか……っ!!!」


 護衛隊長が言い切る前に様子を伺っていた襲撃者たちが一斉に斬りかかる。

 騎士がそれぞれの相手へ応戦してみせるがやはり防戦一方。

 円陣の中心でレインはふと見た建物の路地からこちらを見る何者かと目が合った。

 ニヤリと笑った何者かが手を掲げる。

 その瞬間、建物の屋根から数多の魔術が降り注いだ。

 避けようのない魔術の雨が着弾する刹那、振り返った護衛隊長の騎士と目が合った。

 彼女は手をレインの方へと向けていた。

 次の瞬間には爆発の衝撃がレインを襲った。

 視覚外からの魔術掃射は騎士たちだけでなく襲撃者たちも巻き込んだ。


 やがて土煙が晴れ始める。

 そこに立っている者いなかった。

 護衛隊長の騎士も、最初にレインを身を挺して守ってみせた白鳳騎士も、人間離れした襲撃者たちも地に転がり苦悶の声を上げていた。

 三人の例外を除いて。


「けほっ……くっ…」

「レインお姉様しっかりしてっ!」

「何が起きたの…?」


 何とか立ち上がることができたレインは二人の弟子の手の温かみを感じながら辺りを見渡した。

 乗っていた馬車は瓦礫の山に変わり、周りには騎士と襲撃者が例外なく地に伏している。

 レインが視認しただけでも数十を超える魔術が降り注いだのだ。

 このような光景になるのは当然の結果といえる。

 何故自分たちだけが無事なのかと思考する前にその理由を理解した。

 白鳳騎士は全員が魔術を使える。

 要人護衛を任務にする以上、守るための魔術も使えるはずだ。


「私たちを守るために…」


 そう、護衛についていた白鳳騎士たちは一人を除いて皇女二人へと防護の魔術を使っていた。

 唯一の例外は護衛隊長の騎士。

 彼女だけはレインが魔術の使えない状況だと知っていた。ゆえに彼女だけはレインへ防護の魔術を施したのだ。

 レインは彼女たちの献身に感謝しつつ、土煙の中で自身へ歩み寄る影を見つけフィアとシアを庇うように立つ。

 その人物は手をかざしながら、


「眠れ」


 どこか懐かしい声音と自身の意識が急速に遠くなるのを感じながらもレインは確かに見た。


 その人物の瞳は青かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る