第65話 激昂

「当家の無関係を語っておきながらのこの始末…! 皇王陛下やルクス殿下に何とお詫び致せば良いものかッ…!」

「謝罪よりも対応が先だ。支援金の着服に神隠し、対処を誤ればセノーラ領全体が戦火に焼かれることとなる。貴殿もわかっているだろう?」


 伯爵家の嫡男が現当主に黙って復興支援金を横領し、神隠しに加担していた。

 これは相当に不味い状況であるのは言うまでも無い。

 そのゲイルとやらを捕らえることに失敗し、現当主へ不満を抱き、ある程度の手勢がいたとき、伯爵家領内で現当主ペイルと次期当主ゲイルとの間で争いが起きる可能性がある。

 そうなれば伯爵家に住まう多くの民が被害を受けるだろうし、最悪の場合は近領の貴族や南部を巻き込んだ戦いになってしまう。

 

「もちろん理解しております。現在ゲイルは外出しております。愚息を捕らえに向かう動きを察知されれば逃げられる可能性もありますので今はあえて動かず外出から帰ってきたところを捕縛する手筈でございます」

「そうか。リゼルどう思う?」

「良い手かと。現状嫡男ゲイルがどの程度の繋がりと諜報技術を持つかも不明です。下手な動きを見せて気取られるよりも効果的でしょう」

「ふむ、ゲイル以外の洗い出された者たちについてはどうなっている?」

「そちらに関してですが一人を除いて見張りを付けて泳がせております」

「一人を除いて?」


 そう話していると伯爵家の兵士に三十代ほどの男が連行されてきた。

 おや、この顔付きは……。

 連行された男の隣でギャロルが跪いた。 


「…ルクス殿下っ!これに連行いたしましたのは私の愚息でございます! 八年ほど前に私から領政を引き継がせました…!」

「八年前ということ…」

「お察しの通り復興支援金の横領の件は愚息のいたしたことだとわかりました…。私が目を光らせていればこのようなことには…! 本当に申し訳ございません」


 なぜ筆頭政務官がいながら横領ができたのかと疑問に思っていたが…。

 なるほど、筆頭政務官自身が横領をしていたならばその隠蔽も容易であっただろう。

 それにしても……


「伯爵家嫡男と筆頭政務官が揃いも揃って…。教育の仕方を間違えたようだな」

「お返しする言葉が見つかりません…」

「過ぎたことは仕方ない。今は関係者を捕縛することが先だ。さて…」


 俺が連行された男を見ればびくりと身体を震わせた。

 きっと背後に控えるリゼルや騎士の視線が大変恐ろしいことになっているからだろうな。


「尋問は済んでいるのか?」

「いいえ、先ほど捕縛したばかりですのでこの後私が責任を持って」

「わかった。よろしく……」

「お待ちください」


 俺がギャロルへ頼もうとするとき待ったをかけたのは驚いたことにリゼルだった。

 平民出身とはいえリゼルは礼儀作法をアンジーナからしっかりと叩き込まれている。

 だからこそ皇子である俺の声を遮ったことに驚いたのだ。


「尋問ですが私にお任せください」

「なぜギャロルではダメなんだ?」

「ギャロル殿だからではなく、私が一番迅速に情報を吐かせられるからです」

「今日中にはゲイルを含めた容疑者たちも捕縛できることだろう。それでも急ぐ理由があると?」

「はい。私の『勘』がそう言っております」


 リゼルは人間に備わっている第六感が異常に鋭い。

 もはや超能力や異能の類だと俺は思っているそれは外れることがない。

 実際セノーラ伯爵を見て白といった時の勘も外れていない。

 

「わかった。ならお前に任せる」

「ありがとうございます。殿下はお茶でも飲んでてください。その間に終わらせてきますので。セノーラ伯爵、隣室をお貸しいただいても?」

「え、えぇ。どうぞ…」


 困惑する伯爵側の面々を置き去りにしてリゼルはギャロルの息子の首元を鷲掴みに引き摺っていった。

 別にクビじゃなくてもいいだろうに…。

 さすがリゼル、空気を読めるのに読まない。

 

「リゼルが尋問を終えるまでの間に改めて今後の動きを話そうか」

「はっ。まずすべての容疑者を捉えることを優先に……」


 俺たちがこのあとについて打ち合わせをし始めると伯爵邸の外がにわかに騒がしくなった。


「何事だ?」

「私にもわかりません。愚息が屋敷に帰ってきたのであれば周辺で見張っている配下から連絡が来るはずですがその報もありませんので。ギャロル、確認してきてくれ」

「承知いたしました」


 ゲイルが帰宅し伯爵家の兵がそれを捕えたのかと思ったがそうでもないようだ。

 セノーラ伯爵に命じられてギャロルが退室する。


『ルクスっ!』『ルクスくん!』


 突然念話の声が頭に響き反射的に身体が跳ねた。

 普段の柔らかい声音ではなく妙に切迫した声と共に姿を現したのはこの街を自由に観光していたはずの精霊、アウリーとプラールだった。

 万が一に精霊が見える者がいると俺とアウリーたちの関係が露見しかねないので人前では常に霊体化しているはずの二人が何故か霊体化を解除してまで姿を見せた。

 つい二人の現れた宙空を見てしまったがすぐに視線を外す。

 俺の視線が何もない空中で固定されていれば不自然に思われる。


『いきなりどうした? 人前で霊体化まで解除するなんて』

『それが…!』


 プラールが何かを言いかけたところで今度は部屋の扉が荒々しく開け放たれた。

 先ほど出て行ったギャロルが合同演習に参加していたはずのアンジーナを伴って帰ってきた。


「アンジーナ? 演習終了後は別邸で待機を命じたはずだが…」

「それどころではありませんっ!!!」


 今度はギャロルが俺の言葉を遮った。

 セノーラ伯爵が咎める前にアンジーナが膝をつき頭を下げた。

 その顔はどこか苦しげで歯を食いしばっているのか歪んでいる。

 …嫌な予感がする。


「…単刀直入に言え。アンジーナ何があった?」

「……フィア皇女殿下とシア皇女殿下、そしてレイン様が何者かに攫われました」

「…………は?」


 今、アンジーナはなんと言った?

 攫われた? 誰が? フィアが? シアが? レインまで?

 理解ができない。


「…護衛の騎士はどうした?」

「…我が騎士団の一隊が護衛の任についておりましたが……十六名が重傷、四名が…死亡」


 得意のポーカーフェイスと心の中の何かが崩れるのを感じる。

 

「……襲撃者の行方は?」

「現在手の空いている騎士と監査局の者を総動員して追っております」


 手がかりすらないのか。

 やっと笑えるようになったあの子たちの平穏を乱す奴がこの都市のどこかにいる。

 俺の大事な妹を拐かし、騎士を殺して隠れた者が近くにいるのか。

 そうか。


「っっっ!!!!」

「なっ!?!?!?」

「ぐっ…!!!」

『ルクスっ!?』

『ルクスくん…!』


 アウリーと契約してから七年。

 魔力量を隠蔽しひた隠しにしてきた枷が、感情の昂りと共に外れる。

 隠す過程で俺の魔力は相当に凝縮されていたようだ。

 高純度の魔力解放は周囲に重力に似た強烈な圧力がかかる。

 正面で座っていたセノーラ伯爵は前屈みになりながら顔を歪め、入り口に立っていたギャロルは立っていられずに平伏し、アンジーナや護衛の騎士は目を見開きながら剣に手を添えていた。

 アウリーとプラールは驚きながらも俺の両肩にそれぞれが手を置いて俺から溢れている魔力を吸収してくれている。

 静寂の室内へリゼルが剣を手に飛び込んでくる。


「アンジュ、今の魔力は…」

「リゼル」

「…! はっ!」

「あの屑は何を吐いた?」

「ゲイルと共謀し復興支援金を横領したことと人攫いを行なっていたことを認めました」

「背後関係は?」

「そこまでは知らないようです。ゲイルのみが知ると…」

「伯爵邸の包囲を解いて騎士を全員集めろ」

「…何をなさるのですか」

「決まっているだろ」


 そう、決まっている。


「戦争だ」


 ひゅっと何人かが息を呑んだ。


「セノーラ伯爵」

「ははっ!」

「レシュッツの全門を封鎖しろ。下水や地下道の類にも人を送り徹底的に封鎖しろ。獣一匹も通すな」

「直ちに。ギャロル」

「かしこまりました」


 セノーラ伯爵がギャロルを伴って退室する。


「俺はリゼルとアンジーナに話がある。お前たちは外で包囲している騎士全員を館前に集めろ」

「「はっ!」」


 セノーラ伯爵がギャロルを伴って退室し護衛についていた騎士たちがそれに続く。

 残されたのは俺と二人の騎士団長、そして二体の精霊のみ。


「時間が惜しい。これから起こることの一切についてを他言無用とする。相手が父上だろうが宰相だろうが誰にも言うな。あとで契約魔術も結んでもらう」

「…陛下にもですか」

「そうだ」

「…かしこまりました」


 返事と同時に室内に二重の結界を張る。

 この結界は遮音と魔力の動きを誰にも悟らせないためのもの。

 

「アウリー、プラール」

『いいの?』

「ああ」


 突然俺の隣に現れた二人の精霊を前に剣を向けたリゼルとアンジーナを手で制す。

 

「殿下、その者は…」

「俺の契約精霊だ」

「…まじか」

「契約精霊っ…!?」


 こんなに驚いた顔をした二人は初めて見たが今はどうでもいい。


「さっき言いかけてたことはフィアたちのことか?」

「うん。急に街の中で人払いの結界が張られたから見に行ったの。そしたら…」

「騎士が全滅していたのか」

「うん」

「追えるか?」

「追えるけど妹ちゃんたちの魔力が微弱すぎて特定はしきれなそう」

「微弱?」


 おかしい。

 フィアもシアもそれなりの魔力を持っているし共に連れ去られたであろうレインに至っては皇国で最も多い人間の一人だ。

 それなのに魔力が微弱というのは引っかかる。

 

「魔術封じか?」

「可能性は高そう。それと騎士の人達だけど乱戦の時みたいな複数の傷跡があったけど最後は魔術の一斉射撃でやられたみたいだった。結構練度が高い魔術師がいるみたい」


 女性とはいえ白鳳騎士はそこらの兵とは比べられないほど強い。

 一人一人がB級の魔物を単独で撃ち果たせる程度には強い。

 それに帝国との東部国境での戦いやスオウでの戦いでも死者を出すことなく戦い抜いていた。

 そんな彼女らがグリフォンに乗っていないにしても全滅せざるを得ない相手など想像がつかない。

 

「考えても仕方ない。アウリー、プラール。力を貸してくれ」

「言われるまでもないよ」

「ええ、私も微力を尽くすわ」

「探知をかける。俺はレシュッツの北側と西側を、アウリーは東側と南側、プラールは都市の外を頼む」


 俺と精霊たちの探知が始まり結界内に魔力が迸る。

 通常探知魔術は魔力のある全てのものが反応してしまうため特定の何かを探すのは至難の業だが、俺たちが使うのは術式に改良を加えた探知魔術で対象の魔力のみに絞って探すことができるのだ。

 それに三年前もやったことだ。

 範囲をひたすら広げ、広げ、広げる。


「──見つけた」


 俺が担当範囲の探知を終える頃にアウリーが呟くように言った。

 

「どこだ?」

「ここから南に六百メートルくらい進んだ建物に一瞬反応があった」

「アンジーナ、だいたいどの辺かわかるか?」

「市街図がありますので確認します」


 アンジーナは照らし合わせてその場所に印をつけた。


「ここに三人はいる。行くぞ」

「「はっ」」

「私たちも行くよ」

「霊体化はしといてくれ」

「わかっているわ」


 今回に限ってはあらゆる手札を惜しまず切る。自重もしない。フィアとシアとレインを攫い、騎士たちを殺した相手を全力で排除する。

 そんな決意を胸に俺は二人の騎士団長と二体の精霊を伴って部屋を出た。

 

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