第63話 ナプト商会 ※レイン視点

 時はルクスが黒鳳騎士を率いてセノーラ伯爵邸を包囲しようと出発した頃に遡る。

 レイン・フォン・アストレグは幼い二人の皇女と共にナプト商会を訪れていた。


 第四皇女であるフィアと第五皇女であるシアは旅行聞いて今回レシュッツにやってきている。

 同行者には二人が大好きな第三皇子ルクスもいたので外国に行ってからご無沙汰だった分、思う存分甘え遊んでもらおうと考えていた。

 しかし、遊ぶどころか甘えることもできないほどルクスは忙しそうにしていた。

 フィアもシアもこんなにお仕事をする兄の姿は見たことがなかったため目を白黒させていた。

 兄に甘えたい反面、兄のお仕事の邪魔にはなりたくない。

 部屋で燻っていた二人を見兼ねてレインはルクスに出かける許可を取って気分転換にとナプト商会にやってきたのだ。

 急な決定だったため先触れなどは出さずにお忍びでやってきた三人だが当然護衛として私服の白鳳騎士が周りを固めている。

 店内は豪華絢爛と言い表すのが的確だと感じられるほどいかにも高級そうな壺や調度品が配置されている。

 皇女二人と公爵令嬢にとってはさして珍しい光景ではないのだが。

 商品を見てまわりながらレインは密かに驚いていた。

 華やかなドレスにキラキラと輝く宝石、さらには見たこともない青色の薔薇など思っていた以上に目を楽しませてくれる。

 ちらりと二人の皇女を見れば宝石に負けじと目を煌めかせている。

 レイン当人としては過度な物欲は無いのだがやはり女性を引き立たせるものへの関心は少なからず持っているためこういった商品は好ましく見える。

 ふと目を向けた先にそれ以上の目を惹くものがあった。

 

 一見するとただの水晶玉なのだが実際はとても貴重なものだとレインは知っている。

 

「こちらの商品に目を向けますとはお客様は大変目が肥えていらっしゃいますね」

 

 かけられた声に振り返れば店員がにこやかな顔でレインが目をつけた商品を見つめていた。


「こちらは魔力量を計測する事のできる貴重な魔道具でして。見た目が水晶玉でしか無いので多くのお客様は調度品とお間違えになるのですが…。もしや初めて目にするわけでは無いのでしょうか?」

「そうですね。むかしこれと似た魔道具を目にする機会がありまして」

「やはりそうでしたか」


 うんうんと頷く店員はふとフィアとシアに目を向ける。

 値踏みするような視線は一瞬のこと、すぐににこやかな笑顔へと戻った。


「どうでしょう。もしよろしければ魔力測定の体験をしてみませんか?」

「それは…いいのですか?」


 魔力の計測ができる魔道具というのは大変に壊れやすい。

 十人程度であればなんてこともないが二十人、三十人と計測した人数が増えれば増えるほど消耗してしまう。

 商品を使っていいのか?という意味を込めてレインは聞き返したのだ。


「はい。こちらの魔道具は販売用ですのでお使いになられませんが別室に体験用の魔道具がありますのでよろしければ」


 店員の言葉を聞いてレインは考える。

 皇族であれば魔力測定は必ずおこなったことがあると思う。

 しかし今の彼女たちは魔術に興味を持ってくれている。

 初歩ではあるものの魔術を扱うのであれば自分の魔力量を知っておくことは大事だ。

 皇都に戻ってからと思っていたがここで測定できれば滞在中や帰路でより踏み込んで魔術を教えられるかもしれない。

 そこまで考えてからレインは周りの私服騎士に目を向ける。

 目線を交わしてからレインはどうするかを決めた。


「折角の機会ですのでお願いしたいのですが…」

「何か不都合がおありでしょうか?」

「実はお忍びで来ておりまして。別室に護衛も連れてよろしいでしょうか?」

「なるほど。気品ある振る舞いだと思っていたところでした。護衛の方も同行していただいても構いません」

「ありがとうございます」


 店員に先導されて店の奥の部屋へと移動する。

 レインたちの後ろには護衛の騎士達が続く。

 通された部屋には二名の店員と肥満気味なお腹をさする男性がいた。

 

「当商会の会頭を務めておりますラキタル・ナプートと申します。本日は当商会にご足労いただきありがとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます。レイン・フォン・アストレグと申します。事前にお話を通せなかったためお忍びという形で来店しておりました。こうしてラキタル会頭のお時間を取らせる結果になってしまい申し訳ありません」

「いえいえ、滅相もありません。アストレグ公爵家の現当主様といえば国内外に名を馳せる雄。そのご一族と顔を繋げるとあればこれ以上に重要な仕事などございませんので」


 にこやかながらも値踏みするような視線を向けるラキタルにレインは若干の不信感を抱いた。商人であればおかしくないのかもしれないが…。

 時節、視線が緊張気味に椅子に座る二人の皇女に向いているのを感じ、先手を打つことにする。


「先ほど店の方から魔力測定を体験させていただけるとお聞きしたのですが…大変高価な魔道具であると記憶しております。失礼ですが本当に体験させていただけるのでしょうか?」

「ははは。ご心配はごもっともなことですな。確かに高価で貴重な魔道具であることは事実ですが当商会が持つ独自の仕入れ先がありましてそちらから市場価格よりも安く定期的に仕入れることができているのです。魔道具をこれへ」

「かしこまりました」


 ラキタルの後ろに控えていた店員が机に上に水晶玉を置いた。

 レインは込められる魔力から偽物の類ではないことを確認した。


「本物の魔力測定用の魔道具のようですね。疑ってしまい申し訳ありません」

「私も同じ立場であれば同様の疑いを持ったことでしょう。して、本日体験なさるのは…そちらの可愛らしいお嬢様方ですかな?」


 話を振られたように感じたのかフィアとシアの肩がびくりと跳ねる。

 人見知りの激しい二人に初対面の大人、それも商人と喋らせるのは酷というものだろう。

 

「はい。この子達は私の弟子になったばかりで魔力の測定をしたことがありません。ですので今後のためにも自身の魔力量を知っていた方が良いと思いまして」

「なるほど。すでに魔術の素質をお持ちでしたか。それは将来が楽しみですなぁ。では早速測定をおこないましょう」

「私も測定させていただいてもよろしいですか?」

「もちろんです。アストレグ公爵家のご令嬢も当商会で魔力を測定なされたとあれば箔も付きましょう」


 事実、師事しているので嘘ではないのだが二人の安全のためとはいえ皇女をさらっと弟子扱いするレインの肝の太さには護衛につく騎士達も密かに驚いていた。


 魔力測定の魔道具というのは高価であるがその利便性から大陸全土に普及している。

 水晶型の他にも棒型のものがありそちらはより優秀で高価なため各国の首脳部が独占している。

 棒形の測定具は魔力量を数値化できるのだが、水晶型は数値化まではできない。

 触れた人物の魔力量を色という形で視覚的に知らせてくれるのだ。

 段階としては上から赤、橙、黄、緑、青、水色、白となっており、一般的に青以上が魔術師として活躍できるラインとされている。


 三人が順番に水晶に触れるとそれぞれの魔力量に応じた色に染まった。

 フィアが橙、シアが緑、レインが赤という結果だった。

 見守っていたラキタルは一瞬目を細めたがすぐに笑みを浮かべた。


「これはこれは…! 今まで黄色に染まる者はおりましたがまさか赤色まで染まりますとは! もしや噂に聞く【氷風の才女】とはレイン様のことですかな?」

「お恥ずかしながらそのように呼ばれることもあります」

「ならば魔道具が赤色に染まるのも納得です。魔道具の故障やもと思いましたが杞憂だったようです。それに…」


 ラキタルは二人の少女に目を向ける。

 

「まだ幼ないにも関わらず測定具を橙と緑に染めてみせるとは。大抵のお客様は青止まりなのですがね」

「この子達は優秀な弟子ですので」

「そのようですなぁ。いやはや貴重なものを見せていただきました。そのお礼と言ってはなんですがこちらをお受け取りください」


 ラキタルは机の上に三つの石を置いた。

 滅紫色の神秘的な光沢を放つそれは綺麗に思える一方でどこか不安になる不思議な感覚をレインに与えた。


「こちらは?」

「当店で魔力測定をおこなったお客様全員にお渡ししているものです。この石は異国にて持つものに幸運を授ける石とされておりましてな。お客様方の今後に幸あれとお祈りして無償でお渡ししています」

「無償?」

「商人が利益にもならないことをすることが不思議ですかな?」

「…失礼ながら」

「そうでしょうな。商人とは常に利益を考えるものです。しかし、それもお客様の信頼があってこそと私は考えております。ですのでこうしてプレゼントをすることでまた当商会を利用していただこうという魂胆です。永続的な利益を考えての投資と言っても良いでしょうな」

「そういうことでしたか。利益投資云々はさておきお客さんに対しての幸せを祈ってろは素敵ですね」

「そう言っていただけて何よりでございます」


 完全な善意ではないにしろ断る理由もない。

 レインたちは一つずつ幸運の石を受け取った。


「さて測定済みましたし、これ以上レイン様やお弟子様の貴重なお時間を頂くのは申し訳ない。この場はこれにてお開きとさせていただきたいのですがよろしいですか?」

「はい。急なことにも関わらずラキタル会頭自らご対応いただきありがとうございました。もう少し店内を見て回りたいのですがよろしいでしょうか?」

「もちろんでございます。店の者を案内につけますのでお心ゆくまでお楽しみください」


 応接室をあとにして店員の先導で再び店内に戻っていくレインたちの背中を見続ける者がいた。

 護衛の騎士が視線を感じ振り返ったがそこに人影はなかった。

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