第62話 伯爵邸包囲

 ガーレリア商会を訪れた翌日から禁書と神隠しについての調査を開始した。

 下手に動けば犯人に気取られてしまう可能性もあるためこっそりと。

 まずエラルドルフ公爵家へ現状の報告と依頼を兼ねた手紙を送った。


 神隠しの発生時期は約六年前、この頃の皇国南部は魔物や魔獣の異常発生により荒れていた。

 その辺の細かい被害情報は恐らくだが皇都にはない。

 皇都にあるのは南部貴族のまとめ役であるエラルドルフ公爵家が各領地の被害をまとめて提出した概算被害報告書だろう。

 アルニア皇国の政治形態は君主制ではあるが、君主である皇族は各領の統治に関してあまりにも重い税を課したりしない限りは基本的に口を出さない。

 例外として、災害被害や魔獣被害が発生した場合はその深刻度によって皇家や中央の官僚達が介入する。

 ある意味自由な各貴族が領内が荒れに荒れている時に被害報告書をわざわざ完璧にまとめて皇都へ出してくるか。

 答えは否である。


 あったとしても、

『どこどこの村で何人が亡くなって何人が行方不明でこれだけの被害があった』

 このような報告書ではなく、

『○○家の領民○○○人のうち、○○人が死亡、○○人が行方不明』

 といった形で提出されることが一般的だ。

 そして後者の場合、どこの村でどの時期に領民が行方不明になったのかが一切不明なのだ。

 皇都には南部全体の被害届しかないがエラルドルフ公爵の元には必ず各貴族から提出された詳細な被害報告書があるはずなのでセノーラ伯爵領の記録を調べてもらう。


 報告書の精査が終わるまでの間、俺たちは神隠しの被害者たちに失踪時期と細かい状況を聴取する。

 報告書と実際の被害者数や時期が一致しているならばセノーラ伯爵家はシロということになる。

 リゼルの勘を信じていないわけではないが流石に証拠がなければ無実の証明は難しいからな。


 調査にあたってサーラには神隠しの被害者たちへの細かい聴取をお願いした。

 同じ被害者であるサーラの方が俺よりも被害者に寄り添える。

 彼女には騎士を数人護衛につけた。

 本人は嫌がっていたが、神隠しについてかぎ回っている事に気づいた犯人がサーラを襲う可能性を考慮してのこと。


 特に襲われることもなく彼女の聴取が完了したのが調査開始から三日後の今日。

 聴取をサーラに任せて読書をして過ごしていたがここからは俺がやらなければいけない。


「さて、行くか」

「…これ、後で問題になりません?」

「大丈夫だろ。父上たちが付けたが護衛としての仕事をしているんだからな」


 眼下ではレシュッツを治めるセノーラ伯爵邸が漆黒の鎧を纏う騎士百名に囲まれている。

 俺が手紙を送ったのが昨日、そして返事が届いたのは次の日の早朝だった。

 クロード名義で送られてきた手紙には俺が頼んだ六年前のセノーラ伯爵家の被害報告書が同封されていた。

 あまりにも仕事が早いと思っていたが丁度調べ始めてくれていたらしい。

 その手紙を届けたのはアバンダントで待機を命じていた黒鳳騎士百八十名だ。

 元から護衛についていた騎士二十名を合わせて二百名の騎士が今伯爵邸を包囲している。

 リゼルがセノーラ伯爵への取り次ぎを頼むと伯爵邸の門を守る衛兵二名は突然の出来事に混乱しながらも伝令のためか一名が屋敷の方へと走っていった。

 伯爵邸周辺の民衆も何事かと見守っている。

 やがて伯爵邸から肩を上下させ息を切らしたセノーラ伯爵が兵士たちと共に出てきて俺たちの元へと走ってきた。


「ル、ルクス殿下…! これは一体、何事、でしょうか」

「どうかしたか? セノーラ伯爵」

「どうもなにも、我が、屋敷を取り囲む、あの騎士は…」

「あれは俺の護衛だが?」

「レシュッツに到着された日は、数十人だけで…」

「あまり大人数で赴いても迷惑だと思ったからアバンダントに留め置いただけだ。信頼たる伯爵の元では過剰な護衛だと思っていたからな」

「…今は違うと?」

「セノーラ伯爵、あれが護衛のままであれるかどうかは貴殿次第だ。中に案内してもらえるか?」

「…かしこまりました」


 場所を移して伯爵邸内にある来賓室。

 椅子に座る俺の背後にはリゼルと黒鳳騎士が三名が控える。

 対面に座るセノーラ伯爵の元には壮年の男性が一名控えた。

 

「単刀直入に聞こう、セノーラ伯爵。貴殿にはいくつかの疑惑がある。これらは一体どういうことだ?」


 紙束をテーブルへ叩きつけるように広げた。

 内容は六年前にセノーラ伯爵家がエラルドルフ公爵家へ提出した被害報告書とクロードが調べてくれたここ数年間の伯爵領内の人口推移についての調査書類、そしてサーラが神隠しの被害者たちから聞き出した調書だ。

 

「まず貴家からエラルドルフ公爵家に提出された被害報告書と実際の被害が一致していない。具体的に言えば被害を受けていない二村分の被害が実際の被害に上乗せされている」


 これは今回の調査で副次的に見つかった不正の証拠だ。

 豪雨災害や魔獣被害に見舞われた領地には国から復興支援金が与えられる。

 皇家が各地方の高位貴族に支援金を渡し、受け取った高位貴族が寄せられた被害報告を元に支援金を配当する仕組み。

 被害が深刻であった貴族家に高額な支援金が配当されるし、軽微な被害であれば雀の涙ほどの支援金となる。


 アルニア皇国で使われている硬貨、アニア硬貨は大きく分けて四種類存在している。

 下から銅貨、銀貨、金貨そして皇金貨の四種類。

 銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、金貨千枚で皇金貨一枚の価値がある。

 二つの村が壊滅ともなれば規模にもよるが大体アニア金貨四百枚は実際よりも多く当てられたはずだ。

 災害復興支援金は皇家の管轄。つまりは皇家への叛意と取られてもおかしくない。

 この逃れられぬ証拠を突きつけられたセノーラ伯爵は大きく目を見開いた。


「なっ…!! これは何かの間違いです! ギャロルっ! 当家の記録をもってくるんだっ!」

「すぐにっ!」


 同席していた壮年の男性は礼儀作法もほどほどに部屋を飛び出し、肩を揺らして戻ってきた。

 その手には二冊の冊子が握られている。

 セノーラ伯爵はひったくるように受け取りページをめくる。

 

「ご、ご覧ください! これは当時を含めた当家の帳簿と報告書の一覧でございます! こちらの記録では当家は不正など……」

「ではなんだ? エラルドルフ公爵家が貴家を陥れようとわざわざ嘘の報告書をしたためたと?」

「それはっ……!」


 確かにセノーラ伯爵家側の報告書には実際の被害報告がなされている。

 しかし、不正の証拠を丁寧に残すはずもないだろう。

 仮に誰かが陥れようと画策したとしても正直メリットがない。

 セノーラ伯爵家の政治的立ち位置は至って平凡。

 敵もいなければ特別親しい派閥もない中立貴族だと宰相から聞いている。

 そもそも、当時の南部貴族はどこも魔獣被害に手一杯でとても謀略に手を染める余裕などなかったはずだ。

 公爵家の長男が戦死するほど逼迫していた状況がなによりの証左となる。


「では次だ。ここ数年の伯爵領内の人口推移を見たが年々失踪者が増加している。夜逃げならまだ納得がいくが調べた限りこれらの失踪者の共通点は家族単位ではなく一人ずつ失踪している。自領の民が謎の失踪を遂げているにも関わらず表向きそれらしい調査の動きもない。これでは伯爵が民の失踪に関わっていると民衆に噂されるのも当然だとは思わないか?」

「お待ちください、一体何の話を…!」

「机の上の書類を読めばわかるだろう」


 齧り付くように書類を読み進めるセノーラ伯爵。

 次第に顔色が青くなっていくのは気のせいではないだろう。


「そんなっ…バカな……」

「それは拐かしが露見したことに対しての言葉か?」

「………」

「この噂に関連したことだが、巷では神隠しなどと呼ばれているそうだ。昨日まで会話し、笑い合い、愛し合っていた相手がある日忽然と姿を消していたんだ。信心深くなくても神の関与を疑いたくもなるだろう」


 神隠しの被害者たちは相当悲痛な思いでいたのだろう。

 俺の元に届けられた調書には被害者たちの心情が細かに記載されていた。


 口喧嘩したまま会えなくなってしまった親へ謝罪したい。

 もっと息子と一緒に遊んであげれればよかった。

 幼馴染に好きと伝えたい。

 死ぬ前に一度でいいから孫と話したい。

 …将来を約束した彼に会って触れ合いたい。


 俺は責任など負うつもりもなければ面倒くさい貴族の政治に顔を突っ込みたくなどなかった。大事な人たちと静かに暮らし本さえ読めればそれでいいと思っていた。

 だが今回の件あまりにも

 皇国を治める一族として、同じ思いをした者として、彼女らの思いを、願いを叶えたい。


「…ルクス殿下。私は父より伯爵位を継いで二十余年、民を苦しめない領政を心掛けて参りました」

「だからなんだ?」

「私は今自分が情けなくて許せません…。殿下に聞き及ぶまで事の一切を知りませんでした。自分では領民のことを第一に考え行動していたつもりでしたがどうやら失敗してしまっていたようです」


 そう語るセノーラ伯爵は遠い目をしていた。

 しかし、それも刹那のことで次の瞬間にはその瞳に怒りと闘志を宿していた。


「すべては私の不徳の致すところ。処罰は甘んじて受け入れます。しかしながら不正の件も神隠しの件も私の耳に入らぬように画策した者が家中にいる。これだけはどうしても許せません。どうか本件の調査をお任せください。本日中に首謀者を洗い出してみせます」


 机にぶつかるほど頭を深々と下げるセノーラ伯爵。

 これまで問い詰めるように進めていたが正直、セノーラ伯爵が今回の件を感知するのは難しかっただろう。

 セノーラ伯爵領には中規模都市であるレシュッツの他に小規模な宿場町や大小九つ以上の村が存在する。

 各地には代官や村長といった取りまとめがいる以上、領主であるセノーラ伯爵に上がってくるのは大まかな報告のみだろう。

 その報告を捻じ曲げた輩が本当に存在するとしたら事態を彼が知る余地はなかった。

 もし、セノーラ伯爵が光の精霊王サキのように日頃から住民たちと触れ合っていたならばこうはならなかっただろうが…貴族には難しいだろうな。

 しかし責任は領主たる伯爵にあるのも事実。

 とっとと監察局に引き渡しても良いのだが…。


「わかった。伯爵に名誉挽回の機会を与える。本日中に家中の者を洗い、首謀者を俺の前に連れてこい。無いとは思うが逃亡されては敵わないので騎士を監視として付けるが…構わないな?」

「当然の処置と心得ます」

「それと俺は今日一日ここに滞在させてもらう。伯爵の働きを見届けるためにな」

「御意に」


 伯爵家による首謀者の洗い出しが始まったのは昼時だった。

 日付が変わるまで半日あるかないかの状況で本当に見つかるのかと内心疑いながら過ごしていたが、なんと夕暮れ前に割り出して見せた。

 元々仕事が早い人なのだろう、書類の仕分ける速度や読み進める速度は相当なものだった。

 

 調査結果をまとめた羊皮紙がギャロル…伯爵家の元筆頭政務官らしい…から手渡された。

 その顔には怒りと悲しみが混在したようだった。

 丁寧な字で伯爵家に仕える騎士や従士の名前が羅列される中、一際目を惹く名前が一つ。

 ゲイル・フォン・セノーラ。

 それはセノーラ伯爵家長男であり嫡男の名前であった。

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