第7話 東部国境防衛戦(下)

 アルニア皇国東部国境要塞シャルマン。

 緩やかな平地に築かれたこの要塞の眼前にはルクディア帝国軍が陣を敷いていた。


「ふむ、皇国軍は籠城を選んだか」

「戦力差を考えれば当然の選択でしょうな」


 ルクディア帝国西方軍司令官、ヨルム・ゼック・ギルスウェルは副官であるガニア・ゾールとシャルマン要塞を眺めていた。


 ヨルムは今年五十歳になる男であり帝国内で辺境伯位を授かっている。

 彼は帝国西部の顔役とも言える人物である。

 

 ガニアは帝国軍が抱える将軍の中でも文武両道の鑑で人材豊富な帝国軍でも上位に格付けされる。


「籠城を選択したということは援軍の当てがあるということ。戦力差があるうちに一息に突破しなければ厳しい戦いになるでしょう」

「そうだな、油断や慢心は最大の敵だ。布陣が完了次第、攻撃を始めよう」

「そのように諸将に伝えます。…あの城はアルニア皇国の誇る鉄壁の要塞の一つですので苦戦するでしょう」

「だが、我が軍は魔術師が三千弱を有する。城壁の一部分を吹き飛ばせばよいであろう?」

「帝国軍の常套手段ではありますが、今回は相手が悪いでしょう。アルニア皇国にはあの公爵がいますから」

「エラルドラフか…。奴がいるのであれば宮廷魔術師団も控えているか。いずれにせよ一当てしてみるしかないな」

「我が軍に航空戦力はありませんからな。左翼と右翼の先鋒を動かします」


 ガニアが合図を送ると帝国軍の両翼が動き出し、大盾を構えた歩兵が突撃を開始した。

 城からは矢の雨が降り注ぐが、帝国軍は盾を頭上に掲げて防ぎながら前進を続ける。

 しかし、城壁に取り付くことはできなかった。

 空を覆うほどの火炎弾が城塞内から飛び交い着弾と共に爆発を引き起こした。


「やはりいたか。皇国の宮廷魔術師団」

「属性から考えて『紅蓮公』、アストレグ公爵ですね」

「相変わらず良い練度の魔術だ。我が軍よりも質は高いように見える」

「こちらも魔術師団を投入しますか?」

「まだ早い。まずはあの城塞の突破口を探るのが良かろう。西部貴族軍の半数と傭兵団で波状攻撃を仕掛けよ」

「はっ。指揮は私でよろしいですか?」

「あぁ、任せる」


 東部国境での戦いはまだ始まったばかりだ。





 開戦から三時間ほどが経過したシャルマン城内では慌ただしく人が行き来していた。


「伝令っ。南側の城壁に取りつかれ梯子をかけられました」

「中央から兵五百を向かわせよ。城壁には登らせるな!」

「伝令っ。北門前に破城槌が向かってきております」

「第一魔術師団に破壊するように伝えよ」


 北、東、西の三方面からの攻撃を受ける皇国軍には徐々に疲労が見え始めていた。

 魔術師は自身の持つ魔力を消費して魔術を放つのでこれだけの長期戦となると魔力を回復することのできるポーションを飲んでいてもその効果は薄くなっていく。

 いかに練度の高い魔術師達も魔力欠乏で戦線を離脱する者も現れ始めた。


「コールソン、そろそろ限界だぞ」

「先ほど合図の狼煙をあげました。恐らくそろそろ…」


 その時、北門で歓声が上がった。

 北側に広がる森林の中から漆黒の鎧を身に付けた黒鳳騎士団率いる騎兵隊が攻め寄せる帝国軍の背後から突撃を仕掛けた。

 兵数自体は負けているが、これまでの攻城で疲労した帝国軍に全く戦っていない黒鳳騎士団に抗う術はなかった。

 

 無事に北門前まで突破し、北門前で戦闘を開始した。

 そこへ帝国軍中間に陣取る魔術師団から火球や水刃、風刃が放たれた。

 しかし、黒鳳騎士団は回避の素振りを見せずに眼前の敵へと再度突撃を始めた。

 

「我々はまだまだ戦えることを知らしめておきますか」


 北城壁の上から各魔術師団が対魔術障壁を展開した。

 ほとんどの魔術が相殺されたことで突撃の勢いは殺されずに帝国軍に衝突した。

 黒鳳騎士団が前線へ切り込んだのとほぼ同時に森から新たな部隊が出現する。


 黒鳳騎士団と正反対の白銀の甲冑と純白のマントを翻し、空へと舞い上がったのはアルニア皇国の誇る騎士団の一つ、白鳳騎士団だ。


「敵の魔術師はあそこですっ! 我ら白鳳騎士団を侮った帝国に目に物見せるのです!」


 宙をホバリングしているグリフォン達が帝国の魔術目がけて一斉に滑空を始めた。

 想定外の空からの攻撃に帝国軍は大混乱に陥った。


 それから帝国軍が開戦前の位置まで退却するにそう時間はかからなかった。






 その日の夜、帝国軍の本陣では重苦しい空気で軍議が開かれていた。


「本日ですが貴族軍の二割と傭兵軍の四割、そして魔術師団の三割を失いました。初日の想定を大きく上回る損害です」

「随分と手痛いものだな」


 ガニアの報告にヨルムが唸るように応じた。

 歴戦の将軍であるヨルムにはこの損害の重さがよくわかっている。


「城攻めには二倍以上の戦力で臨むのが定石。しかし、この城はそんなに甘いものではなかったようだ」

「予想をはるかに超える堅牢さではあります。それに加えてアルニア皇国の主だった戦力が集結しているのも辛いですね」

「まさか初日に魔術師まで削られるとは…」

「我が軍に航空戦力がないことも不利な点ですね」

「あの儀仗騎士団がこれほど練度が高いとは予想外だった」

「アルニア皇国の保有戦力はどれも侮っていい相手ではないことは今日で全員が理解したことでしょう。魔術師の配置も伏兵のタイミングも嫌らしかった。皇国側の軍師は中々手強いです…」


 しばらく沈黙が続いたが、ふとガニアが立ち上がり参席している各将の顔を見、回した。


「これから話す策は賭けに近いものです。しかし、敵の援軍が来る前にケリをつけるには大胆かつ即効性の高い策が必要となる。この策の主軸となる部隊には死の覚悟を持って臨んで頂きます」


ガニアが話した策はとんでもない物ではあったが、結局ヨルムや諸将の賛成で実行に移されることが決定した。

この奇策が一人の皇子を巻き込むこととなるのだが、今はまだ誰も知らない。



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