第8話 帝国軍の奇策

 初日を乗り切ったアルニア皇国軍は歓喜に沸いていた。

 大陸最強の帝国軍に手も足も出させずに勝利したことにより城内の士気は高かった。


「流石は俺の右腕だな」

「今回は上手くハマっただけです。まだまだ油断できる状況ではありません」


 戦果を上げた立役者であるコールソンは全く喜んでいなかった。

 慢心こそ最大の敵だと知っているだけでなく白鳳騎士団の報告に気になるものがあったからだ。


「どうやら今回の帝国軍の総大将はヨルム・ゼック・ギルスウェル、帝国西方軍司令官のようです。これは事前に予測ができていたのですが…」

「ガニアのことか」

「その通りです、父上。彼は帝国参謀本部所属の指揮官だったはず。それが今回西方軍に配属されているのは帝国がそれだけ此度の戦いへ本気だということの表れかと。緒戦である程度の戦果を上げたので近いうちに何か仕掛けてくるかと」

「…各城壁に伝達せよ。警戒を厳となせとな」

「かしこまりました」


 ユリアスは既に戦場全体に不穏な空気が漂っているのを感じ取っていた。





 二日目の早朝。

 帝国側の陣地から一番近いシャルマン城の東城壁にて二人の兵士が見回りをしていた。

この日は薄く霧が出ていた為、視界が少し悪い状況であった。


「なぁ、今日も守り切れると思うか?」

「ユリアス殿下もコールソン様もいらっしゃるんだ。負けるわけないさ」

「そう…だな。今日も戦い抜こう」


 決意を固めていた兵士たちは明るくなり始めた城壁から帝国軍の陣容を見た。


「ん…?」

「どうした?」

「いや…昨日より帝国軍の旗や天幕が増えてないか?」


 昨日暗くなる前に人を見ていた兵士だからこそ気づいた僅かな違和感であった。


「きっと昨日失った兵力を悟らせないための作戦とかじゃないのか? それに霧もある。考え過ぎだ。少し緊張し過ぎだぞ」

「…そう、だよな。悪い…」


そう言うと二人の兵士は見回りを再開した。





 二日目の戦いが始まった。

 帝国軍は昨日と同じく三方面から攻め寄せてきた。

 昨日は前線に出てこなかった魔術師団が各前線に現れ、各方面の城壁への攻撃を始めた。

 そして温存されていた帝国西方軍が戦いに加わった。

 これによって各方面は押され始めていた。


「さすがに帝国の国境を担う軍は練度が違いますね…」

「指揮官が優秀なのだろうな。緒戦の勝ちを帳消しにしてくる勢いだ」

「まだ城壁には登られていないのが不思議なくらいです」

「白鳳騎士団に取り付く敵兵のみを攻撃するように命令したのは英断だったようですな、ユリアス殿下」

「………」


 本陣にて戦況を聞いている各将の中でユリアスとコールソンの顔は険しかった。


「…どう見る、コールソン」

「確かに全力で落としに来てるとは感じられます。しかし…」

「あぁ、。」


 帝国軍の攻めは三方面のどこが主攻でどこが助攻なのかわからないほど苛烈な攻めだ。

 だが、ユリアスとコールソンの他にも帝国との交戦経験があるリゼルやクリークにはどこか緩く思えたのだ。


「何かが動いている。そんな感じがするな」

「殿下の直感はよく当たりますからな…」

 

 激しい戦いではあったが、シャルマンが堅城であることに加え、制空権がある有利な状況のおかげもあり皇国軍は二日目も乗り切った。

 しかし、不気味な違和感を残す一日だった。





 三日目の朝を迎えたシャルマンの東城壁には昨日も見回りをしていた二人の兵士の姿があった。


「援軍が来るまであとどのくらいなんだろうな」

「さぁな…俺たちの隊も負傷者が増えてるし、今日は昨日よりもっと辛くなるよな」

「今日はリゼル様が東壁の指揮官だったよな。リゼル様に頼りっきりにならないよう頑張ろう」

「そうだな…。あれ…?」

「なんだよ。また何か気になったのか?」


 気づいたのは昨日も違和感を感じ取った兵士だった。

 この日は霧がないため帝国軍の陣が完全に視認できる。


「なぁ…北側の天幕のあたり、人がいなくないか?」

「北側? …確かに見えないな。他の天幕の周りにはあれだけ人が見えるのに…」

「…いや、炊事の煙すらないのはおかしい…! まるであそこだけ…」


 人がいないハリボテの戦場のよう。

 この情報は即座にユリアスたちの元に届けられた。





「完全にやられました。まさか帝国がここまでの奇策を講じて来るとは…!」

「まさかここシャルマンへの攻撃自体が『助攻』とし、『主攻』は…」


 アルニア皇国皇都クラエスタ。

 国境を素通りし、敵国の首都を直接狙うという常識では考えられない一手。

 流石のコールソンにも見抜けなかった奇策だった。


「失敗すれば送り出した部隊が全滅することすら考えられる…だからこそ想定しなかった一手でした…。申し訳ありません」

「コールソン、反省よりも今どう対応するかだ。切り替えよ」

「…心得ております、父上」


 クロームがコールソンを嗜めた時、偵察を行なっていたアンジーナが帰ってきた。


「どうであった?」

「やられました。北側の森から崖を大人数が移動した形跡がありました。少なくとも三千から五千は抜けられたかと…」

「多いな…シャルマンの後方はどうなっている?」

「現在、皇国東部の貴族が保有する戦力のほとんどはここシャルマンに集結しています。五千近い軍を止められる軍はどこにもいないのが現状です。皇都まで辿り着かれた場合、こちらの戦力は皇都の守備軍と第四魔術師団のみで合わせても二千弱…。異変に気づいた皇都に近い貴族が今から兵を動かしたとしても…」


 絶望的な状況に全員が黙り込んだが、フェーラが口を開いた。


「万が一、我々が敗北した場合に備えて息子に西部国境軍を連れて皇都に寄るように言いましたが、それでも間に合うかどうか…」


 再び黙り込む面々だったが沈黙を破ったのはここまで静観していたユリアスだった。 


「今このシャルマンの守りを薄くするのは悪手だ。しかし、何もしないわけにはいかない。俺と精鋭一千のみで皇都に向かう」

「いけません殿下! もし殿下に何かあればこの東部国境どころか皇国の未来が…!」

「だが、現状浮いている手駒は俺しかない。シャルマンの各城壁を担うリゼル、フェーラ、クローム、エリューン。全体の指揮をとるコールソン。空から各方面を援護するアンジーナ。誰か一人が欠ければ今の均衡が崩れ去る。そうだろう、コールソン」

「…ですが」

「どのみち皇都が陥落し、父上が討たれれば皇国は終わりだ。俺が討たれたとしても父上が生き延びれば皇国は残る。分かるだろ? コールソン」

「………」


 再びコールソンが黙り込んだ。

 コールソンとしては敬愛する主人一人を行かせることが許せないのだ。


「既に国家存亡の危機を知らせる狼煙はあげた。こちらの状況が上手く伝わればなんとかなると俺は読んでいる」

「…殿下、皇都をお願いいたします」

「あぁ、帝国の雑兵など全員切り捨ててやる。ここは頼んだぞ」


 コールソンにとっては苦渋の決断であったが、これが最善の一手であることもまた確かだった。

 ユリアスが東部国境軍の精鋭一千を引き連れて皇都へ走り出したのは帝国軍から遅れて約一日半の時間が経過した後であった。

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