第6話 東部国境防衛戦 (上)
ユリアスが黒鳳騎士団と白鳳騎士団、第一から第三までの宮廷魔術師団を率いて東部国境に戻ったのは皇都を出て一週間後だった。
一週間弱、東部国境の守将が不在という状況ではあったが、大きな問題はなかった。
帝国軍は大軍故に集結に時間がかかっていたのだ。
対して東部国境軍は以前より備えていたため、既に臨戦態勢。
アルニア皇国の各国境にはいくつかの防衛ラインが決められている。
今回、東部国境軍は第一防衛ラインであるシャルマン城で防備を固めている。
シャルマン城は皇国内でも一二を争う要塞だ。
ユリアスが城内の執務室に入るとデスクの傍で書類に向かう青髪の青年の姿があった。
「コールソン」
「おかえりですか、殿下。久しぶりの帰省は楽しめましたか?」
「まぁまぁだな。弟にも会えたし良い帰省ではあったな」
「それは何よりですね」
コールソンと呼ばれた青年は人懐っこい笑顔を向けていた。
コールソン・フォン・クリーク。
クリーク公爵家の嫡男であり、第一皇子ユリアスと王立修学院での同期であり、良き友人であり、自慢の右腕。
剣の腕や魔術の腕はそこそこではあるが、彼の強みはそこでは無い。
「帝国軍の動きはどうだ?」
「集結はほぼ完了しているようですね。帝国の陣容ですが、帝国西部国境軍が四万、貴族軍が二万、傭兵団の寄せ集めが五千ほどのようです」
「想定より多いか。まぁ単純な戦力ならこちらも負けてはないだろうな」
「殿下が皇都から精鋭を連れてきましたからな。陛下もよく主だった戦力のほとんどをこちらにお送りくれましたな」
「今、一番皇国に危険を及ぼす問題はこの東部国境だからだろう」
現在のアルニア皇国の脅威はルクディア帝国のみ。
北部国境を面するオルコリア共和国は国を二分しての内戦中。
南部国境を面するシャラファス王国とは友好な関係を築いている。
西部国境は海洋に面しており、島国である仙国・スオウ以外に大きな危険はない。
「さて、殿下。別室にて既に軍議の準備は整っています」
「なら行こう。久しぶりにお前の知謀を巡らせた策を聞かせてくれ」
「ご所望にお答えしてみましょう」
二万対六万という絶望的な状況においても軍議に向かう二人の足取りは軽かった。
◆
シャルマン城内の会議室にはこの東部国境防衛戦の重要人物達が集まっていた。
アルニア皇国第一皇子という身分でありながら東部国境の守将であるユリアス・イブ・アイングワット。
第一皇子の右腕にして、皇国東部の執務官。
今回の戦いの軍略を預かるクリーク公爵家嫡男コールソン・クリーク。
多くの戦いで魔物を討伐し、果てには魔獣達の食物連鎖の中でも最上位に位置する
その団長に弱冠二十二歳で就任した平民上がりの青年、リゼル・オルカ。
騎士団員全員が女性という異彩な白鳳騎士団は皇国が唯一保有する航空戦力である。
グリフォンと呼ばれる魔獣に騎乗し、空を駆ける姿から白翼の姫騎士団と呼ばれ、その中で赤乙女の異名を持つ団長、アンジーナ・フォン・ペリス。
アルニア皇国宮廷魔術師団は第一から第四師団まで存在し、各師団にはそれぞれ特色がある。
火属性魔術を得意とする第一師団。
水属性魔術を得意とする第二師団。
風属性魔術を得意とする第三師団。
その他の魔術を扱う第四師団。
今回この会議に参加しているのは第一師団から第三師団。
西部の港を全て統括する西部の要たる貴族である第一師団団長、フェーラ・フォン・アストレグ公爵。
東部の貴族を取りまとめ、皇国内の治癒師育成をしている第二師団団長、クローム・フォン・クリーク公爵。
南部に広大な森林地帯を有する領土を持つ第三師団団長、エリューン・フォン・エラルドルフ公爵。
いずれの団長もアルニア皇国の各方面へ強い影響力を持つ高位貴族たちだ。
「では、軍議を始めると致します。我が国の存亡を賭ける戦いの軍議を」
「壮大な前振りだなコールソン。我が国の主力の七割がこの場に集っているのだぞ、それにこの戦いの目的はあくまで時間稼ぎ。でしたな、ユリアス殿下」
焦りを全く見せない声音で応じたのは宮廷第一魔術師団長であるフェーラ・フォン・アストレグ公爵。
四十代という年齢を感じさせない緋色の瞳に絶対の自信を宿す彼は過去何度も戦争に出て大きな戦績をあげている。
「あぁそうだ、その時間稼ぎのための作戦だ。確かにここにいるのは我が国の精鋭だが相手は帝国、油断していい相手ではないからな」
「そうですね。スクロフェス戦役の際も油断があったのは否めませんから」
スクロフェス戦役。
二十一年前に突如として各大陸全土で勃発した魔人戦争。
その当時アルニア皇国は北部国境より侵攻を受けた。
攻め手の魔人軍主力の多くは魔獣が多く高い知性を持つ敵が少なかったため、開戦当初は戦線を維持できていた皇国北部国境軍だったが、現れた数体の魔人によって前線が破壊された。
多大な犠牲を出した皇国北部国境軍は城塞・スクロフェスを最終防衛ラインとし、籠城戦を敢行。
援軍として西武国境軍が間に合わなければ国家滅亡とまで言われていた皇国史に残る激戦のことだ。
「そうならないために我々が集ったのですから」
「えぇ、この面々で抜かれる訳にはいきません」
「では聞きましょうか。殿下の右腕の作戦を」
全員の視線を一心に浴びたコールソンは西部一帯の地図を広げた。
「我々の勝利条件は仙国スオウの援軍の到着まで時を稼ぐ、またはその前に帝国軍を退けることです。帝国軍の陣容ですが、主力の帝国西部方面軍が三万と帝国貴族軍が三万、それと傭兵団の寄せ集めが五千ほどのようです。帝国軍は中央軍を動かした動きはないので今回の戦いに帝国の近衛騎士団や精霊使いは出てこないでしょう」
「舐められたものですね」
「こちらとしてはありがたい限りですがね。そしてここシャルマンの堅牢さは皆さん知っての通りです。ですので我々は籠城戦にて時間を稼ぎますが、相手の力をなるべく削ぎたい。黒鳳騎士団と兵三千を遊撃部隊として城外北の森に潜み、合図の狼煙で奇襲をかけてください。それを白鳳騎士団が空より援護。他の部隊は城内に残り、第一魔術師団は城壁から魔術で迎撃、第二魔術師団は各部隊の治癒と支援を、第三魔術師団は敵魔術師団からの攻撃へのカウンターをお願いします。黒鳳騎士団には一番厳しい役目を与えることになりますが…」
コールソンの作戦を聞いた黒鳳騎士団団長、リゼルはニコリと笑みを浮かべて礼をした。
「我々は城を守るより、敵を斬ることの方が得意ですからむしろ大歓迎な役目です。その大役、黒鳳騎士団が見事に務めて見せましょう」
「我が白鳳騎士団を儀仗騎士などと言う帝国には恐怖を刻み込んでやります」
やる気に満ち溢れた二人の騎士団長を尻目に各魔術師団長たちも負けじと燃えている。
その様子は既に勝利を確信しているようであった。
「各魔術師団の配置も得意なものを最大限伸ばせるように工夫を施していますのでご安心を」
「ほう、それは楽しみなことだな」
フェーラの言葉に笑みをもって返事としたコールソンは細かな作戦や布陣を説明していった。
コールソンが一段落した時、会議室の扉がノックされた。
「入れ」
「はっ、失礼致します。見張りからの伝令です。集結を終え、帝国軍が進軍を開始。ここシャルマンに向かっているとのことです」
「ついに来たか。では出迎えに行くとしよう」
ユリアスを筆頭として戦場に向かう彼らの足取りは軽かった。
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