第3話 対帝国会議

 アルニア皇国 皇都クラエスタ。

 この国の首都であり、そこを治める皇族の暮らす皇国最大級の都市。

 その中心に位置する皇族の住まうノルテ城内の都市を一望できる玉の間には重苦しい空気が場を覆い尽くしていた。


 国の収支報告の際は少し和やかな空気さえ漂っていた。

 しかし、外務大臣と元帥からの報告がされた段階でそんな空気は消え去った。


「皆さんが黙っていては何も始まりません。何かありませんか?」


 宰相であるオーキスの声が響くが、誰も口を開くことは無い。

 何もこの場に集う重臣一同が無能と言う訳では無い。

 むしろ、優れた能力を持っていると言っていい。

 それなら何故重臣達が頭を抱えて黙り込むかはアルニア皇国の外交を担当する外務大臣と軍を預かる元帥の報告にあった。


 領土拡大に力を入れる隣国ルクディア帝国が大陸西部への侵攻を計画している。

 これについては既に周知の事実だ。

 帝国からの侵攻を食い止めるべく外務大臣は数ヶ月に渡り、関係改善を試みていた。

 しかし、外務大臣もこれ以上の遅延は難しく、ルクディア帝国からの宣戦布告は止められないとの見解を示した。

 それを裏付けるように元帥からは帝国軍が東部国境へ集結しつつあるとの報告が上がったのだ。


 誰もが声をあげられずにいる中、王の間の扉が開かれた。


「遅れて申し訳ありません、父上」


 やってきたのはユリアス・イブ・アイングワット。

 皇国東部国境を預かる将軍であり、第一皇子の青年だ。

 第一皇子の到着からアルニア皇国国王ヴォルク・イブ・アイングワットも沈黙を破った。


「すまないな呼び戻して。早速東部国境の様子を教えてくれ」

「国家の危機ですのでお気になさらず。まず、これは私が東部を離れる時の状況となりますので今の状況まではわかりませんのであしからず」


 お付きの騎士二人が東部の地図を広げた。


「帝国軍は依然集結中です。準備を進めていたにしては時間がかかっているので恐らく帝国西部国境軍だけではなく、帝国西部の貴族たちも参戦してきます。想定では国境軍から五万、西部貴族連合軍一万の計六万といったところです。対する我が軍は東部国境守備軍一万五千と東部貴族連合軍五千の計二万。兵数差もですが、帝国はほぼ間違いなく精霊使いも送り込んできます。正直言って勝利するには厳しいかと」


 六万対二万。

 精強誇る帝国軍を相手にするにはとてもじゃないが話にならない数字だった。

 ただでさえ重かった空気がより一層重みを増した。

 しかし、ユリアスの顔は自信に満ち溢れていた。


「にしては明るい顔だな。まだ策があるような」

「父上も宰相閣下も同じことを考えているのでは?」


 各大臣や重臣たちを置いてきぼりにした会話だったが、オーキスは片眉を上げた。


「殿下のお聞きしてもよろしいてすかな」

「我が軍だけでは厳しい。ならば、同盟国を頼る他ないと考えますが?」

「その案は既に出ました。我が国と北部国境を接する同盟国、オルコリア共和国は内乱鎮圧の最中でとても援軍を送れる状況にはありません。それに、シャラファス王国は帝国との停戦協定があるため参戦は厳しいでしょう」

「そうですね。私が提案するのは新たに同盟を結ぶ国に頼ることです」


 その場の全員が困惑を露わにしてユリアスを見つめた。

 それも仕方の無い話だ。

 本来、同盟というものは互いに利がある状況で国同士が信頼し合える状態でなければ成立し得ない。

 ユリアス自身も当然分かっているはずなのだ。

 しかし、ヴォルクとオーキスはニヤリと笑った。


「…やはり殿下も同じ考えのようですな」

「そのようだ」

「では、既に手を打っておられるのですか?」


 元帥の問いにオーキスが頷く。


「帝国からの侵攻は前々から予想されていました。そのため、私が秘密裏に仙国スオウに接触をしていました」


 仙国スオウ。

 アルニア皇国よりもさらに西。

 周りを海に囲まれた島国であるスオウは国土も人口もアルニア皇国に劣る小規模国家だ。

 しかし、この国の軍事力は大国に匹敵するのだ。

 理由はいくつかあるが、一番の理由は仙人の守護にあること。


 こんな逸話がある。

 今から数十年前、アトラティクス大陸の西に位置するマーディア大陸の覇者、連合国家マルシアが三十万もの大軍で仙国スオウに攻め寄せた。

 対するスオウの戦力は八千弱とその勝敗は火を見るよりも明らかと言えた。

 しかし、三十万のマルシア軍はスオウの地を踏むことなく敗れてしまった。

 たった五人の仙人によって。

 ある船は一撃で大破され、ある船は炎上し、氷結した。

 それ以来、仙国スオウに攻める国は無くなった。


「して…スオウはなんと?」

「貴国の状況を鑑み、ひとまず援軍は送ると」

「おお! これで希望が見えますな!」

「仙人を有する軍が来てくれれば帝国軍など恐るるに足らぬのではないか!」


 重臣たちが盛り上がる中、宰相は溜息を吐き出した。

 その表情に気づいた元帥が怪訝な顔を浮かべた。


「どうされた宰相殿?」

「スオウからの文には続きがあります。貴国の状況を鑑み、ひとまず援軍は送る。ただし、無事に国土を守りきった場合、両国の更なる関係強化のため貴国の皇子か皇女を一名、大使として迎えたい。と」


 喜びに湧く重臣たちの顔が一瞬で固まったのだった。




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