第2話 第一皇子の来訪

 突然現れた来客者、第一皇子に困惑の表情を浮かべているとユリアス兄上はニヤリと笑った。


「予想外のことに弱いのは相変わらずなようだな」

「…二年振りにあった兄弟の会話がこれですか」


 ユリアス兄上は帝国国境である東部国境守備軍を率いる将軍。

 故に一年に一度王都に帰って来れるか来れないかというお立場だ。

 やはりここで浮かぶ疑問は一つ。


「何故ユリアス兄上がここに?」

「大した理由じゃない。父上が皇国の今後を話し合う重鎮会議をするというから呼び出されただけだ」

「…世はそういうことを大した理由というのでは?」

「ははっ、細かいことは気にするな」


 一番きな臭い東部国境の守りが本当にこの人で大丈夫なのだろうか。

 ユリアス兄上はひとしきり笑うと少し真剣な顔付きになった。


「ところで、ルクス。お前はいつまでこの図書館に入り浸っているつもりだ?」

「この世から本や書物が消え去るまでですかね」

「お前らしい答えだがなぁ…。ルクスも今年で十八だろう? 俺の初陣も十八だった。そろそろ、お前も…」

「嫌です」


 溜息をつく兄の姿は父上そっくりだなぁ。


「大方、父上にユリアス兄上からも説得してくれと言われたのでしょう? 残念ですが、誰に言われても政治はもちろん、戦争になど絶対に関与しませんよ」

「だろうな。俺も父上にそう申し上げたんだがな」


 よく分かっている。

 さすが俺を図書館に連れてきてしまったお方だ。

 そもそも俺が関わるとどの事柄も絶対にややこしくなる。

 特に精霊契約者ということがバレた時。

 そう、これは国を大切に思うからこその致し方ない方策なのだ。

そういうことにしておこう。

 

「まぁ俺はダメ元だったからな。父上にはやはり無理だったと言っておく」

「よろしくお願いします……俺は?」


 今回も余裕でこの生活を守ったと安堵しようとしたが、ユリアス兄上の言葉に違和感を感じた。

 さっき俺はと言わなかったか?


「あぁ、本命の説得役は他にいる。まだ安心するには早いようだぞ」

「勘弁してくださいよ…」


 ユリアス兄上は俺にかなり甘い。

 だから本命ではないと言われたら納得できる。

 しかし、他に誰を用意してくるというのだろうか。

 皇族は…ないな。

 俺に費やす時間を持っている暇人などいないだろう。

 第四皇女と第五皇女の双子は幼いから除外。

 となると…


「全く予想がつかないですね」

「俺も聞くまで分からなかった。まぁ何だ、頑張れよ」

「ユリアス兄上はもう知っているんですよね? こっそり教えてくれませんか?」

「それはフェアじゃないだろう。図書館生活を守りたいなら自分の力で勝利を掴み取れ」


 ちっ、ダメか。

 言ってることが正論過ぎてぐうの音も出ない。

 用事を済ませたユリアス兄上が背を向け、図書館から出るべく扉に手をかけた。

 

「ルクス、俺にはやはりお前がただの趣味人には見えなかった。いつか共に戦場で肩を並べる気がしてならない」

「俺はこの生活が気に入っているので戦場に立つなんてありえませんよ」


 そう返すと兄上はチラリと俺を見てやってきた時と同じ笑みを浮かべた。


「俺の勘はよく当たるんだ。何かあったら頼むぞ」


 …どうか外れますように。

 そう祈らずにはいかない俺だった。

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