読書家皇子は精霊に愛される

星街そら

第一章 アルニア皇国防衛編

第1話 読書家皇子

 広大なアトラティクス大陸の西側に位置するアルニア皇国。

 豊かな森、穏やかな河川、資源豊富な鉱山、恵をもたらす海。

 多くの特産品を持ち、商人の往来も盛んなアルニア皇国に不穏な空気が漂っていた。

 大陸中央部を統一した大国ルクディア帝国がアルニア皇国に侵攻してくるという噂が広がっていたのだ。


 皇国に住まう多くの国民が一様に不安を抱いて過ごす中、本を読み、惰眠を貪るだけの生活をしている者がいた。

 毎日、皇国一の蔵書量を誇る宮廷図書館に入り浸る者の名前はルクス・イブ・アイングワット。

 アルニア皇国の第三皇子の身分でありながら皇族としての責務を果たすこともなけば、贅沢をすることもない。





 扉を開けてまず感じるのが紙の匂い。

 そして、見渡す限りの本、本、本。

 窓などは一切ないが、中央の吹き抜けにはお淑やかに館内を照らすシャンデリアが吊るされており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 吹き抜け直下の中央にはL字型の机と飾りっ気のない椅子。


 この宮廷図書館こそ、自室よりも見慣れた俺だけの聖域だ。

 物心が付いた頃に第一皇子である兄に連れてこられたのがこの図書館。

 一瞬で俺の心は静謐な空間に奪われた。

 それ以来、ここに入り浸る俺はいつしか愛読皇子などと呼ばれるに至った。

 まぁ俺自身は気に入っているんだけどね。


「今日は何の本を読もうか」


 アルニア皇国が誇る宮廷図書館は皇国内の書物はもちろん、他国の本も多く納められている。

 その蔵書数はなんと七万八千冊。

 十三年間入り浸る俺ですらまだ五万冊ほどしか読めていない。


 さて、昨日は歴史書だったし今日は大衆小説にするか。


「アウリー、二階百三番棚から適当によろしく」

「はーい」


 俺が椅子に座り、無人の館内で声を掛けると現れた若竹色の髪をなびかせた少女が指定した棚まで飛んでいった。

 間も無くして少女は指定した棚から数冊の本を持ってきた。


「ありがとう」

「いいよ、一緒に見させてもらうから」

「誰か来たら…」

「いつも通りね。というかルクス以外には基本見えないって」


 そう言うと彼女は宙に浮いたまま俺の首に後ろから手を回して頬が触れ合うほどの近づいてきた。

 いつものことなので特に反応せずに本を開いた。


 俺には一つ大きな秘密がある。

 それは精霊と契約していることだ。

 精霊とは魔術の基本要素である火、水、風、土、闇、光を司る存在と言われている。

 俺の首元に抱きつく少女、アウリーも風を司る精霊だ。

 誰もが精霊と契約できるわけではない。

 むしろ、できない方が一般的。

 しかし、それができる数少ない人間が俺だったりする。


 なぜ秘密にするのか。

 簡単なことだ。

 もし、このことが知られたら間違いなく俺は戦の最前線に飛ばされるし、色々な仕事を任される。

 そんなことになれば理想の読書ライフが送れなくなる。

 これは由々しき問題だ。

 だからこそ、この崇高な目的のために俺は契約していることを秘匿しなければならないのだ。


 そもそも、この図書館に人が来ることは少ない。

 この宮廷図書館は王城内にあるということもあり、立ち入りできるのは皇族と貴族と騎士、それと城で働く者達ぐらいだ。

 それに自ら図書館まで足を運ぶ物好きなどいない。

 大抵は従者に命じて取ってこさせているはずだ。

 実際図書館で会う貴族など限られている。


「ルクス」

「どうした?」

「誰か来るよ」


 アウリーの声で意識が現実に引き戻される。

 今日は図書館の来館予定は誰もなかったはずだが…。


「一応霊体化しておいて」

「見える人なんて滅多にいないから大丈夫なのに」

「その滅多な人かもしれないだろ」

「ルクスは本当に心配症だね」


 アウリーの姿が消えるのと同時に図書館の扉がゆっくりと開かれる。

 現れたのは予想外の人物だった。


「…ユリアス兄上?」

「久しぶりだな、ルクス。元気なようで安心したぞ」


 皇族特有の金髪と碧眼を持ち、俺をこの図書館に初めて連れてきてくれた恩人。

 現在は帝国と面する東部国境を守るはずのアルニア皇国第一皇子、ユリアス・イブ・アイングワット。


 何故か彼がやってきた。

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