教室

「ねぇ。霞怜かれんって北山くんと仲良いの?」


教室に戻った清水さんを待っていたその言葉はどことなく悪意を含んでいた。女子特有の気分の悪い隠された裏の悪意。聞き手の僕までも嫌な気分にする言葉の威力。


「いや。昨日初めて話したよ」


適当にあしらった清水さんの声は緊張感を含んでいて、あぁやっぱり僕はこういったことがあるから他人と関わることが嫌いだ、と思った。さっきまでの気分が泥で塗られたようになっていく。

もう嫌だと僕は別のことに気を向けようとした。自分の席に座って鞄から小説を取り出す。楽しみにしていた小説で、いいところで止まっている。いや、正確には、だ。主人公の苦しみを見ていると僕まで苦しくなる。でもページを捲る手を止められなくて読んでいたら、友達に心配された。顔に出ていたらしい。だから止められてしまった。そして読み始めようとした時、僕の席に影が落ちた。


「おはよ。またそれ読んでんの?」


不意に頭上から降ってきた声はきっとあいつだ。


「おはよう。しゅう


僕は顔を上げて答える。彼は僕の唯一の友達だ。相沢 しゅうという。本当に彼だけしか友達がいないから部活も一緒だ。といっても彼が合わせてくれただけなのだが。


「今日はなんか話題になってるじゃん」


「不本意ながらね」


「やっぱり?そうだと思ったよ。翔はそういう会話大嫌いだもんな」


笑いながら答えた彼の声色はいつものように明るい。僕も心做しか明るいのは自分の知っての通りだ。


「で?今日は寄り道できたりする?」


「いいよ。行こう」


僕は彼に快く答えた。

昨日は彼の都合で一人で帰ったが今日は何も無いようだ。もちろん僕に用事があるわけが無いので驟がよければ僕は平気だ。


「相沢くん。北山くんの放課後を私にも貸してもらえないかな?」


いきなり話しかけてきた清水さんはまた悪びれる風もなく言った。僕は色々な意味で驚いた。

酷いもんだ。

驟が連れていってくれる場所は写真映えするから絶対行きたいのに。僕が思ったよりも嫌そうな顔をしていたようで驟が笑い出す。


「ごめんな清水。翔は今日俺と遊ぶから譲れない」


「そこをなんとか、、、駄目?」


彼女の目を潤ませるようにした顔は、驟には相当なダメージだったようだ。仮にも彼女は女子に避けられるだけの顔のよさを持っている。それだけに男子どもからは絶大な人気を誇っている。僕にはよくわからない世界の話だ。


「わかったよー。そんな顔で言われて断ったら俺が恨み買うじゃんか」


「ありがとっ!」


彼女の満足そうな顔に驟も満足したようで二人で笑いあっている。その風景に僕はとても違和感を感じた。いつ清水さんについていくと言ったのだろうか。僕は今日の朝の一件で清水さんが苦手なのだが。いや、苦手ではないか。でも驟が連れていってくれる場所は絶対行きたい。


「待って。僕の意見は誰も尊重してくれないの?」


僕からの抗議の声は何もなかったかのように無視されて僕は呆然とする。だんだん驟と清水さんの顔が悪人に見えてきたことは言うまでもない。僕はフランス革命以前の平民だろうか?もちろん僕には革命を起こせるほどの勇気はない。だからこのまま聞くしかない。驟はそれでいいのか?幼馴染みの僕に自由がなくなっていいのか?疑問はいくつも浮かんで消えることなく、僕の頭は今の状況に危険信号を出している。だってどう考えても僕はまた何か言わなきゃいけなくなる。というか放課後に女子といるなんて厄介なことにしかならない。そこまで考えが及んでいるから危険信号が鳴り響いている。


「良かったな、翔。楽しんで来いよ」


親指を立ててウィンクをした驟を僕は恨みがましく見る。僕で楽しんでいる彼を僕は許さないだろう。


「今日行く予定だったところ、また行かせてくれるんだったら行くよ。」


僕はため息混じりにそう言った。

正直すごく楽しみにしていた。

綺麗なところに行けるなら今日の朝のことも許せると思っていたんだ。


「いいよー。お前は本当に写真命だな」


またまた笑いながら驟に言われてしまった僕は少しむくれる。それの何が悪い。家で大切になるもの以外は僕にとってはそこまで大事ではない。だから僕にとって清水さんは大事ではない。まだ他人だから大事にしなくてもいい。口に出せばそれだけ嫌な思いをすることが見えるから絶対に口になんか出さないけれど。いつの間にか清水さんはいなくなっていた。僕はこの事に特に何も感じなかった。この頃の僕

僕が気になっていたのは教室の中のクラスメイト達の声。悪意のあるものに聞こえるそれを、僕は耳を塞がず驟との話で紛らわした。こんなことがあるから教室という空間が嫌いなんだよな、と心の中で呟いた。驟はそれを察しているようでいつもよりも声を大きめに話していた。彼もまた教室が嫌いなことは僕だけが知っている。なぜなら僕らは2人で後悔したからだ。他愛ない会話の最中、チャイムがなった。それに安堵した僕らは席に座った。今日もまた憂鬱な一日が始まる。それを告げるチャイムも僕は嫌いだった。






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