青天井

僕らは屋上のドアを開いた。

夏が近い春。

空は昨日と打って変わって快晴だ。

青天井は澄んだセレストの色だった。



「何を話せばいい?」


僕は空を見上げて手で四角形を作り、手のカメラで空を写しながら言った。

この空の青さを僕のアルバムに加えたかった。


「君が写真を撮っている理由わけ


と、清水さんは言った。

僕は絶句する。

すぐには思い付かなかったのだ。

いや、思いついたが言いたくなかったのだ。


「え、、、、、、。理由なんてないけど」


そんな明らかな嘘の僕の言葉に、清水さんは面白くないとでも言いたげな顔をした。

仕方ないだろうと言いたくなる。

面白いかどうかなどどうでもいいのだ。

僕だけ言うのは理不尽だというだけの問題だから。

知りたいなら君も言ってくれ。


「強いていうなら?」


彼女のもう1押しに僕はため息をつきつつ、短く


「現実逃避」


と答えた。あながち間違ってはいない。

僕の写真はそういった意味を確かに含んでいる。

彼女は驚いた様子で目をパチクリさせたあと、


「何で?」


と言った。僕にはそこまで語る気がなかった。ただ単純に隠したかった。

だから怒ってしまった。

これもまたひとつ後悔だった。


「逆に聞くけど。何で話す必要があるの?あまり話したくないことなんだけど」


僕は何も悟られないよう明後日の方向を向いて言った。

感情的な声が僕のものだと気づくのに長い時間はかからなかった。


「そっかー。あんなにいいものを撮るならそれ相応の理由があると思ったんだけど。きけないのかー、、、。」


本当に残念そうな顔をして笑う彼女を見ると、僕が悪いことをしているようで罪悪感が残る。この感覚が僕は大嫌いだ。

別に僕が悪いことをした訳じゃないのに僕が悪いことをしたような感じの状況が。


「じゃあ君はどうなの? 清水さんが言ってくれたら僕も言うよ。」


僕は仕方なくそんなことを言う。罪悪感はなかなか消えない厄介なものだから、関係を断つためには必要だ。これでおあいこだから。


「んー、、、、、、。私が絵を描いている理由は認められたいっていう思いかな。私もこの世界に混ぜてほしいよっていう孤独じみたものだと思う。私ははぐれものだからさ。、、、、、、というわけで君は?」


また寂しそうで自嘲的な笑顔で話した彼女はいきなり表情を変え、輝いた目で僕に尋ねた。その眼の曇りの無い様に僕はたじろいだ。そして仕方なく語り始める。


「僕の両親は放任主義だから全部放置なんだけど。そんな中で唯一可愛がってくれた祖父母がくれたのがカメラだったんだよ。幸せな時間を写真にして辛いときに眺めて凌げるようにって。それだけだ。」


僕は自分がどういう顔で話しているのか分からなかった。

少しも感情的でなければ良かったと思う。

僕の感情を知られたくない。

そんな気持ちが僕をずっと包んでいるからだ。

それもこれも全部環境のせいかもしれない。


「似てるかもね。私たち」


彼女がふと呟いた。

僕はその声にパッと振り向く。驚きが先行していた。

どこも似ていない。君は僕よりずっと前向きで恵まれてるじゃないか、というような驚きだった。その表情で伝わってしまったのだろうか。


「どこが?って言いたいんでしょ。教えてあげるよ。、、、ズバリ、孤独じゃない?」


何それ。

彼女の自慢げな顔に僕の顔には自然と笑みがこぼれる。

思わず吹き出して笑う僕を清水さんは不思議そうに眺めると、


「いつもそうやって笑ってればいいのに」


と小声で呟いた。

僕はその声を無視した。

代わりに心の中で答える。そういうわけにもいかないもんで。なんて。

何でかはわからないけれど自然とそういう気持ちが僕の中に根付いていた。


不意に予鈴のチャイムが鳴る。

もうそんな時間かと驚いて僕はドアの方へと向かおうと足を向けた。

でもずっとこの場にいたいような気もしていた。

この短時間で僕を変えた、清水霞怜という人物にいっそ拍手を送りたいと思った。

だってそれはこの16年間、誰も成し遂げることができなかった偉業だからだ。

両親にさえもできなかったすごいことなのだから。

もっと彼女は自信を持つべきだ。

彼女にとって僕は何者でもないだろう。でも僕はたった1%の可能性に賭けてみたい。

この場から離れてもまた彼女と話す場があるという可能性に。

驚くほど懐柔された自分に呆れつつ僕は無言で教室に戻る。

彼女は僕を追って小走りでこの場を後にしようとしていた。


「じゃあ続きは今日の昼休みに」


階段の上から降ってきた彼女の言葉に僕は振り向く。

可能性にかけていて良かったと心底思った。

だってその通りになったのだから。

柔らかい笑みが漏れた。


「時間があればまたここで。」


僕は彼女に言って階段を下りた。

僕は知らなかった。

この時点で断っておけば良かったのだ。

僕は今でも後悔している。

この三年間ずっと。

僕が霞怜に関わっていなければきっとああはならなかった。

いや、変わってないかもしれない。

でも僕はある一つの可能性を捨てきれずに後悔している。

僕の行動のせいで。

僕が思ったせいで。

それは、、、、、、。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る