僕の朝は早い。

学校に行くまでの時間を好きに過ごしたいから早い。基本的な起床時刻は5時30分。小学生の頃からの習慣は案外直らないものだ。そして、それに比例するように登校時刻も早い。誰もいない教室の雰囲気が好きだから敢えてあの時間に行きたいのだ。

なのに、、、。

僕の目には異常が映っている。

今日を生きるだけの余力は僕にはもうない。


「さながら異常事態ということか。北山くん」


急に言われた言葉に僕は頭を抱える。

こんな筈じゃなかった。

僕は今日を普通に生きて、普通に寝るだけだったのに。

なんで僕より早く教室に人がいるんだ?


「いやー。朝の教室はいいね。こんなところを描けたら素晴らしいと言える程にいいよ。そうか!だから君は早く来たいのかもしれないね。私もそうしようかな」


清水さんが呑気に言っている言葉が洞窟の中にいるかのように響いて、もうどうすればいいかわからなかった。


「一人でいたいからなんだけど。」


僕がポツリと呟くと、清水さんは悪びれる風もなく


「そっか。それで写真はあるの?」


と目を輝かせて言った。

きっとこの人は自分の興味が一番なのだ。きっと。

僕はため息をつき、鞄の中からアルバムを取り出した。

そして無言で彼女に写真を手渡した。


「ありがとう。使わせていただくね」


「あのさ。それ何に使うの? 創作って言ってたけど」


清水さんの満足げな表情をかき消すように僕は言った。


「私の技術向上ってところかな。私、最近、創作物の中の世界を描くことが好きで、そのイメージに似てそうだったから」


「えっと、、、、、、?どういうこと?」


「創作物を描いて、深く理解することができたなら私の創作もよくなるっていう幻想を抱いてるんだよ。だからそのために君の写真が必要なの」


清水さんがあまりに真剣に言っていたから僕は口を閉じた。

僕が口を開くのは今ではないと思った。

清水さんが頬杖をついて外を向いているのが鮮烈だった。

清水さんが見据えているのはこの教室よりもさらに遠く。

そう、未来とかなんだろう。きっと。

彼女は僕とは違う。

別世界にいる。

劣等感が疼き始めた僕は顔を背けたかった。

僕は何もできやしないのに、彼女には何でもできるんだ。

醜い考えだ。醜悪で、最低な。


風になびく髪が揺れていた。

電気をつけていなかったことをこれほどまで良かったと思ったことはないし、これからもないだろう。


「黙られると、どうしたらいいのかわからなくなっちゃうよ」


寂しい笑顔で笑った彼女を僕は一体どんな顔で見ていたのだろうか。


「おはよー‼ ってあれ?霞怜っていつも早かったっけ?」


うるさい音をたてながらクラスメイトの女子が教室に入ってきた。

残念ながら僕にはまた名前がわからない。


「初めて来たよー。こんな時間。にここそいつもこんな早くないでしょ?」


「そうなんだよね。何となく、、、というかテスト前だしね。

 あれ? 北山くんって早いイメージあったけど、今日、霞怜のが早かったの?」


「聞くんだ!水上にこ。

 彼の撮る写真はすごく上質だぞ。

 部活で使える。というか普通にずっと見てられる。」


「もしかしてだけど、、、その為だけに早く来たの?」


「うん。」


「マジで?」


「ほんとだよ」

いきなり会話に参加した僕はいつも通りの平坦な口調で言った。

疲れていた。

朝からこのテンションの会話を聞きたくなかった。


「じゃあ」


一言だけ言って僕は去る。

まだ朝なら屋上が開いているだろうし屋上にいってみよう。

そう思って、カメラと鞄を手に教室を後にすることにした。

背後からはいつもの呆れられる気配がした。

ずっとこうだからもう慣れている。

どうせあれだろう?

ノリが悪いやつだっていう決めつけだ。

実際にそうな訳だが。

前はもっと笑えてたんだ。

もうなくなった過去の話だけれど。


窓から見える花を探した。

方角が違ったから見えることはなかった。


こんなことは世の中にもはいて捨てるほどある。

人の性格とか、事件とか。

見方を変えれば違うのに、そんなこと考えず勝手にガッカリする。

決めつける。

それってどうなんだろう?

もっと考えてみれば違う世界が見えたんじゃないか?

写真だってそうだ。

同じものを写しても違う写真になるのはそういうことがあるからなんだと思う。

見方、画角を変えるっていう。


ふと階段を上る僕の足音に混じって、焦っているような、駆ける足音が聞こえた。


「どこにいくの? 話、聞かせてよ」


踊り場で振り返った僕に君はそう言った。

手を差し出して言った。

僕にはその手を取ること以外の選択肢はなかった。

何でこうも彼女は人を動かす力があるのだろう。

彼女の言葉には不思議な力がある。

「不思議な力」なんていう陳腐な表現では足りないほどの何かを孕んでいる。

僕にはそう思えた。


だから君に付いていった。

その力の根元を知りたかったから。

神様に取り付かれたみたいに力強いその理由を知りたかったから。

たったそれだけのために僕は君の手を取ってみた。

君が朝、僕を待っていたように。

水上にこが君に会いに来たように。


全ての共通点は、「何の理由もない他の人にとってはどうでもいいこと」、ということ。



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