第2話

 次の日登校すると、俺は真っ先に大輝の教室にかけつけた。もうすでに、ハルや翔一もいる。みんな一様にスマホを両手に持ち、見比べていた。既読は5のままだった。

「なあ、亮は?」

 翔一が教室を見渡して言った。確かに、いつも一番に駆けつけそうな亮が、来ていない。

「きっとまだ3組で、愛奈とじゃれてんじゃね?」

 ハルは、不安を振り払うようにふざけようとしたが、声がふるえている。


 始業のチャイムが鳴って、俺は3組に戻った。亮と愛奈がどうかいてくれと俺は願ったが、二人の席だけが空いていた。ホームルームの時間になっても担任は来ず、職員室をのぞいてきた奴が、誰かが事故にあったらしいと噂し始めた。

 亮、愛奈、早く来い。と俺は祈った。

 そのとき、スマホがジジジと震えた。トークに新しいメッセージが届いた知らせだった。

「亮だ」

 俺は、慌てて画面を開く。しかしそれは見知らぬ誰かからの、動画の投稿だった。

 動画は自動的に再生され始めた。


 朝の駅の風景が映し出されていた。ホームでは亮と愛奈が手をつなぎ並び、亮は愛奈にスマホを見せながら、不安げに何か話している。そのとき、愛奈のポケットから100円が転げ落ちた。亮が100円を目で追った。そのとき、亮の体がホームの端に引きずられるように移動して、線路に転落した。謀ったように後続の電車が滑り込む。急ブレーキと断末魔が混ざり合い、悲鳴が折り重なる。画面にくっきりと映るのは、電車の車輪にすりつぶされた、血と肉の半固形物。画面に伸びた亮の片腕には100円が握られていた。泣き叫び崩れ落ちる愛奈は、その100円を受け取ろうと、引きちぎれた片腕に手を伸ばす。


 死神が来た……。俺は机に倒れこんだ。


 俺たちは放課後、亮が電車にはねられて死んだことを聞かされた。そして、誰からともなく亮の席に集まった。転落死の予言を書いた翔一は、自分が亮を殺したと泣き、話を持ち込んだ大輝を責めた。

 ハルが力なく言った。

「俺たちも死ぬのかな」

 大輝はしばらく唇を噛んでいたが、やがてきっぱりと言った。

「生贄。生贄が必要だ……」

 全員の視線が、大輝をとらえる。

「死神の殺りくを止める唯一の手段だって、聞いたことがある。予言をおこなったグループに、他の誰かを招待して、夜中の二時に自分の死に方を投稿させる。それと同時に元のメンバーは、生贄を残して全員退出するんだ。」

 生贄……。沈黙が続く。やがて窓の外から夕闇が流れ込んできて、まるでセメントのように冷たく床に流し込まれた。かかとから、くるぶしへ、膝へと徐々にセメントは満ちて固まり、俺たちは、席から動けなくなっていた。


「おい、みんな、もう帰れ」

 沈黙が破れた。

 廊下から声をかけてきたのは、サッカー部顧問の中野先生だった。俺たちとは歳が近いこともあって、先生というより年上の友達に近い関係だった。

「今日は大変な日だったな……。今日はもう帰れ」

 中野先生は教室の中に入り、泣いている翔一の肩にそっと手をかけた。その温もりが、固まっていく闇を溶かしてくれるようだった。

 翔一は堰を切ったように泣きじゃくり、先生に訴え始めた。

「違うんだ。中野先生。俺たち大変なことをしちゃって……」

 その次の言葉が続けられない翔一に変わって、ハルが説明を始めた。最近噂になっている都市伝説を遊び半分で実行してみたこと。死の予言どおりに亮が死んでしまったこと。亮の死に際の動画が何者かによって送られてきたこと。この呪いを説くためには、生贄が必要だと言われていること……。

 沈黙が続き、やがて先生が口を開く。

「とりあえず、その生贄ってやつ、先生が試してみるよ。なんていうか、チェーンメールみたいなもんだろ。まずは先生に回しておけば、おまえたちも、ちょっとは安心して眠れるだろ」


 俺たちは、中野先生にうながされ教室を出た。先生は自分のスマホを持ってきて、トークのグループに入ってくれた。先生のホーム画面は、ショートカットの奥さんと、小さい女の子のツーショットだった。なんだか胸が痛んだ。

 先生は、今日の夜中の二時に、自分の死に際を投稿すると約束してくれた。だからもう、安心して帰れ。先生は最後にそう言って手を振った。


 日付をまたいだ夜中の二時。俺たちの手の中でスマホが時間を告げた。中野先生は約束通り、二時きっかりに俺たちのグループに死の予言を書き込んでくれた。


(中野)

 私は風邪をこじらせて死ぬ。前の日は何ともなかったのに、急に容態が悪くなり入院。心筋炎で心臓が止まる。


 俺たちは、書き込みを確認後すぐに退出した。これであのグループには、死んでしまった亮と、中野先生しかいない。生贄は捧げられ、ループは閉じられたのだった。


 次の日、中野先生は学校に来なかった。不安になった俺たちは、職員室に出向いて先生のことをたずねた。

「あぁ、中野先生ね、なんだか急に風邪が悪くなったみたいで、今朝緊急入院したそうよ。まあ、念のためということらしいけど、もともと心臓に持病がおありになるみたいだから」

 風邪?心臓?・・・・・・俺の胃はぎゅっと縮んだ。


次の日から、夏休みが始まった。俺も大輝も、ハルも翔一も、もうスマホで連絡をとりあうことをしなくなっていた。全員が、これは単なる事故だと思い込みたかった。

 亮の葬式では、いつも明るい亮の母親がげっそりとした姿で立ち尽くしていた。そんな中、何も知らないやつらが口々に噂をしあう。

「棺の中は、腕が一本しかないらしいよ」

「あとはミンチ状態だったんだって……」

 俺の頭の中では、スマホに送られてきた動画が繰り返し再生されていた。きっと、大輝もハルも翔一も、同じだっただろう。

 こんな時でさえ、愛奈の姿はなかった。愛奈の友達が泣きながら話しているのが聞こえてきた。「愛奈、気を取り乱してる。なんだかおかしくなっちゃったみたい」

 そして、中野先生も、最後まで姿を現すことはなかった。


 その日の夜、俺はどうしても眠ることができなかった。気を抜くと、頭で勝手に再生されるあの動画を振り払うために、小さなイヤホンを両耳につっこみ、聞きたくもない音楽を頭に流し込んでいた。

 夜中の二時だった。ようやくうとうとしていると、フワフワした音楽とは明らかに異質の物音が耳に入ってきた。それは、一階から聞こえてくる、言い争いの声だった。がちゃんと、何かが倒れるような激しい音とともに聞こえる、母さんの悲鳴。そして不自然な静寂。

 俺はイヤホンをはずして耳をこらした。ドアの向こうから、とん、とん、と、とん、とん、とん……と足音が迫ってくる。床を踏みしめながら階段を登る、やや癖のある父さんのそれだ。

 俺の手の中で、またスマホがジジジと震えた。

 ノックの音がして、父さんの声がした。

「海斗、開けるよ。」

 ドアの向こうはいつもの優しい父さんか、包丁を持った血だらけの父さんか?俺は布団をかぶり、身を堅くする。

 かちゃ。ドアが開いた……



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