4:「ホームセンターにて ~Men~」



 ホームセンターにはふたりのおじさんがいるだけだった。


 ミラさん以外にはじめて無事な人に会った僕は、情報収集にいそしんだ。ミラさんはちょっと目を離した隙にどこかに行ってしまった。

 

 彼らは感染が広がり始めの早い段階でこのホームセンターに逃げ込み、立て籠もっているのだとか。もう五日も籠城しているらしく、おじさんたちからはなんだか酸っぱい匂いがした。


「ココにゾンビはいなかったんですか?」

「全部追い出したり……、始末したりだ」

「なるほど。他に避難してきた人はいないんですか?」


 一瞬の間。


「――いない。いなかった」

「モールの方に行ってるんじゃないか?」


 おじさんたちは口々に否定の言葉を述べた。

 でも。

 どうだろうな、と僕は思う。

 

 フィクションの話ではあるけど、ゾンビモノならショッピングモールに立て籠るのは確かに定石だ。ただ、最寄りのモールはここからでもまだ5㎞ほど先だ。ホームセンターをスルーしてそこまで足を延ばすだろうか。


 ホームセンターはモールに比べれば規模は小さいものの、アレコレと有用な物品を調達できる。おじさんたち以外の生存者がみんなホームセンターを見逃している、なんてことは考えにくい。たぶんみんな追い返したか、あるいは見捨てたか。


「……そうですか」


 だからといってわざわざそれを指摘するつもりはなかった。ここで波風を立てても得られるものは何も無い。僕は僕の目的を達成することを優先すべきだと考えた。


 だが、疑問もある。僕の考えた通り、彼らがこれまでずっと追い返してきたのだとしたら、どうして僕たちだけは中に入れてくれたのか。


「祐一くん、日焼け止めあったわぁ。よかったぁ~」


 緊張感に欠けた甘い声の主は、ひとりしかいない。

 ミラさんだ。

 実に嬉しそうにしながら両手にそれぞれ日焼け止めを握っていた。


「あ、よかったですね」

「助かったわぁ」


 ミラさんの喜びに水を差すように、


「おいおい、ねえちゃん」

「タダってわけにはいかねえな」


 おじさんたちの目は完全に据わっていた。


「あらぁ?」


 ミラさんは可愛らしく小首を傾げた。

 余裕のある彼女とは異なり、僕の声は震えていた。


「あ、あなたたちのものというわけでもないんじゃあ……」

「ガキは黙ってろ」


 おじさんがバールを振って陳列棚を打った。

 ガン、と鈍くて重い音が響いた。

 反射的に身が竦んだ。


「ホームセンターは俺たちの場所だ。もしここから何か持ち出すんなら、代価を払ってもらわねえとな」

「お金ですか?」

「金なんかに意味が無えのはわかってるだろ」


 そりゃそうだ。今現在はもちろん、この先も、貨幣が価値を持つとは到底思えない。


「身体で払えって話だ」

「身体で?」


 働け、ってことかなんて一瞬でも思った僕はまあまあ馬鹿だった。おじさんたちはもう、僕など見ていなかった。


 粘つく視線をミラさんに向けていた。


 今更、ようやく気付いた。おじさんたちは僕らを招き入れた理由はミラさんだったんだ。ではなくミラさんにだけ、用があったのだ。だがもう遅い。僕は非武装なのに対して、おじさんたちはバールやらなにやらを持っている。だからといってこのまま手をこまねいているわけにはいかない。ミラさんを守らなきゃ――


「あぁ。そういうことねぇ」


 ミラさんは目を細めた。艶然と微笑み、全てを受け入れるかのように両手を広げて、


「順番にする? それともふたり同時? 私はどっちでもいいのだけれど」


 などと言い出した。おじさんたちは鼻息を荒くして「俺からだ」「いや、俺が先だ」とか口論をはじめてしまった。


「ちょっ! ミラさん!?」

「大丈夫よぉ。祐一くんは必要な資材を集めておいてねぇ」


 そう言い残してミラさんはおじさんふたりを連れて奥の方へ引っ込んでいった。


 僕は、それをただ黙って見送った。

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