3:「ホームセンターへ ~Migration~」
現在地は、小高い丘に似たようなデザインの一戸建てが立ち並ぶ住宅街。ここから幹線道路沿いのホームセンターまでざっと3㎞くらい。大した距離ではなかった。今のような状態になるまでは。
「止まって。そこの角よぉ」
慎重に進む僕の手をミラさんが掴んだ。見た目よりもずっと強い力に驚きながら、手を引かれて建物の影に隠れる。直後、ミラさんの言った通り、ゾンビが姿を現した。
スーツを着た男性のゾンビだった。スマホを持って何か喋っている。意味の通らない言葉の羅列。ゾンビはおぼつかない足取りでフラフラと歩き、躓いてゴミステーションに頭から突っ込んでいった。
「今のうちに行きましょ」
「あっはい」
こんな調子で住宅街を抜けて片側二車線の広めの道路に出た。田んぼや畑をぶった切るようにして走るこの道の先に、当面の目的地であるホームセンターがある。
見通しの良い道路に住宅街のような死角はない。
見える範囲にゾンビの姿はなかった。
「行けそうですね」
「慎重にねぇ」
すう、と音もなく歩き出すミラさんに遅れないように僕も足を速めた。ヒールなのに足音も立てないしめっちゃ歩くの速いんだけど、ミラさんは一体どんな歩き方をしてるんだろうか。
何事もなくホームセンターに到着することができた。かなり急いだので僕はぜえぜえと息を切らせてしまっているのに、
「大丈夫?」
ミラさんは涼しい顔をしていた。息を切らすどころか汗ひとつかいていない。
ホームセンターのだだっ広い駐車場には何台も車が止めてあった。敷地の隅の方にはホームセンター所有と思しき軽トラも見つけた。よかった。
駐車スペースを抜けて建物に近付いていく。
園芸用品が出しっぱなしになって、一部は散らばっていた。片付けるスタッフはもういない。
正面入り口の自動ドアには無数の手形の跡があった。赤黒い、血だかなんだかがべったりと。ドア越しに中を覗いてみた。照明はついていない。
「通電してないのか……?」
通電してなくても引っ張れば開くだろ。
ただ、手形の跡が死ぬほど気持ち悪い。
「どう? 中に入れそぉ?」
「最悪、ガラスを割ればなんとか」
そう答えて僕が自動ドアの隙間に手をかけたときだった。
ぬっ、と人影がドアの向こうに現れた。
「うわっ」
びっくりした。人間。男。中年の。五十代くらいだろうか? 白髪の目立つ髪はボサボサで無精髭が目立った。目の下のクマがひどい。
「……お前は、人間か?」
そのおじさんはドア越しに問い掛けてきた。両手でバールのようなモノを構えている。剣呑な雰囲気だ。彼は僕とミラさんを交互に見た。
「人間ですよ」
と、僕は両手を挙げて敵意がないことをアピールした。
「噛まれていないだろうな?」
「はい」
「……どこから、何しにここへ来た?」
「近くの住宅街から、物資の調達に来ました」
「そっちの女は――」
「この子の連れよ。よろしくねぇ、おじさん」
ミラさんが食い気味に答えた。
しばしの沈黙の後、おじさんは自動ドアの足元にあるロックを解除して、僕たちを招き入れた。
「入れ」
「ありがと。お招き感謝しまぁす」
ミラさんはにっこりと微笑んでホームセンターに入っていき、僕はその後を追った。
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