5:「国道を往く ~Departure~」



 資材集めが思うようにはかどらない。

 ミラさんのことが気になってしょうがなかった。

 

 気になってはいるのに、僕はおじさんたちを止めに行くことをしなかったし、できなかった。


 ――ミラさんは「大丈夫」と言っていた。


 だったら大丈夫だろう。きっと。そんな言い訳を誰にともなくしながら僕はのろのろと手を動かしていた。






 ミラさんは一時間くらいで戻ってきた。


「あの……っ、ミラさん。大丈夫ですかっ」

「心配してくれたのぉ?」

「あの、ええと、ごめんなさい」


 何について謝っているのかわからないが、とにかく僕は頭を下げた。

 ミラさんは僕の後頭部に優しく触れて、くしゃくしゃと髪をかき混ぜるように撫でた。


「ありがと。あのふたりとは話し合いで解決したの」

「そ、そうですか」

「本当よぉ」


 僕はまじまじとミラさんを見た。たしかに、なんというか、着衣の乱れとかはなかった。表情もいつもとなんら変わらず余裕さえ感じられる。


 あのおじさんたちをどんな話術で説き伏せたのか、また機会があれば聞いてみよう。そう思った。






 日が暮れる前には積み込みは完了した。

 おじさんたちはその後一度も姿を見せなかった。文句を言われたり邪魔されたりするようなことはなかったけど、どうにも気持ち悪い。


「いっぱい積み込んだねえ」

「次の機会はないかもしれないので」


 完全に泥棒である。流石に全額払うのは不可能だし、おじさんたちの台詞じゃないけど金銭に意味などないだろう。

 泥棒ついでに軽トラのキーはレジ裏の事務所にあったのを拝借した。


「行きましょう」

「はぁい」

「あ、シートベルトお願いしますね」

「はーい」


 助手席のミラさんがシートベルトをするのを確認してから、僕はエンジンをかけた。前を向いて、アクセルを踏む。バックミラーに映っていたホームセンターはすぐに見えなくなった。






 軽トラは順調に国道を北上していった。なるべく人の少ない地域へ、なるべく広い道を選んだ。


 停まっている車があっても避けやすいからだ。案の定、ちらほら停止車輛があった。速度を落とし、その間を縫うようにして進む。


 他に走っている車はなく、軽トラの小さなフロントライトだけが頼りなく道を照らす。


 慎重にならざるを得ず、ほとんど徐行のような速度になってしまう。


 止まった二台の間をすり抜ける瞬間。

 強くドアが叩かれた。


「!?」


 衝撃は外からだった。

 ゾンビだった!

 車の影に隠れていたのだ。それも、一体だけじゃなかった。フロントガラスにも飛びついてくる。


「くそっ」


 危険を承知でアクセルを踏み込んだ。

 何体か撥ねた。衝撃。嫌な感触。踏みつけた。もっと嫌な感触。それからタイヤが空転した。


 しまった――


 アクセルを踏む。だが動かない。

 ハンドルを握る手がじっとりと湿った。


 ほんの僅かの時間に、ワラワラとゾンビが集まってくる。囲まれる。ガラスを叩く手。包囲。まただ。


 数日前の、悪夢のような記憶がフラッシュバックする。


 汗ばんだ手が震えた。

 その手を押さえてくれたのはミラさんだった。


 体温の低いてのひらからじんわりと熱が伝わる。


「落ち着いて」

「……はい」

「私に任せてくれるかしら?」

「任せる、って」


 何を?


「私ならこの場を切り抜けることができる」


 ミラさんはいつも通り自信に満ちていた。


「だから私に、少し力を貸してもらえるかしら?」

「僕に?」

「ええ。また一口、頂戴ね」


 また?

 ひとくち?


「何を――」

 

 言うより先にミラさんはシートベルトを外すと、助手席から覆いかぶさるようにして僕を抱きしめ、首筋にキスをした。


 いや。

 違う。


 僕の首筋に牙を突き立てた。 


 甘い匂いがする。

 あの日、ミラさんと初めて会ったときと同じ匂いだ。

 全身の力が抜けていく。

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