第一章 九話 目視

現在時刻は13時12分。快晴である。

 

「ねぇ、きゅー。やけに薄暗いのだけれど、ここ。私の記憶が間違っていなければ、今日は快晴だった気がするの」

 

現在、知り合いの探偵を訪ねている最中である。先程まで快晴であったことは間違いないのだが、しかしどうしてか、彼女を訪ねようと事務所を訪れようとする度に、毎回日が落ちる。

 

「明るくない景色は嫌いかい?詩季」

 

電柱に吊るされた蛍光灯が不規則に点滅する。いつも、まだ日が落ちる時間帯ではないはずなのだが、彼は随分と気が早いようだ。

 

「嫌いよ。自分を信じられない人間並に嫌いだわ」

「じゃあ、僕のことも嫌いということになるのかな?」

 

自分を信じられる人間は、はたして存在するのだろうか。少なくとも僕はまだお目にかかったことがない。

当たり前だが、己を一番知り尽くしているのは自身である。自身の選択や判断を一番に知り尽くしている人物は自分だ。一番に知り尽くしている自分というものに愛想が尽きるというものが、人間という意識と感情をはっきり保有している生物の習性であろう。

例にもれず、僕も人間だ。

 

「否定するわ、きゅー。人間になんて興味はないけれど、あなたのことは好きよ」

「僕も人間なのだがね?」

「感情に、他者の情動に妥当な理屈を求める類の人間なのかしら?きゅーは」

 

ふむ。

 

「違うね」

「そう。それは、よかったわ」

 

歩みを進める。

 

今更気がついたのだが、彼女の薄暗いハート型の瞳は、どうやら発光しているようだ。人体にはそんな機能が常備されていて、僕がそれに十数年気が付かず生きていたとも考えられるが、そうではないと信じる。

まぁ、手のひらから火を出したり瞬間移動したり雪が出たり、そういった超常現象と並べて

考えてしまえば、まだ人体の機能の一部かもしれないと思考する余地はある。

今現在、僕達は僕達に降り掛かっている事柄の一切を知らない。原因を究明しようと動きはしたが、現段階では謎をより深めただけだ。そろそろ謎の一つでも解かねば、状況が更に変動した場合、混沌を混沌としか認識できなくなってしまう。混沌の色ぐらいは把握しておきたいものだ。

 

唐突に途切れた会話の代わりに、思考を重ねる。

そうこう考えているうちに、目的地に到達する。

殺風景な路地の風景を小馬鹿にするような派手なピンクに塗装された建物。世間的な目の下に晒された場合、好印象を抱かれることはないであろうと断言できるほど奇抜な見た目の建物だが、本人が満足しているのなら、他者が口を出すべきではないだろう。

 

「…もしかして、ここがその探偵事務所だったりするのかしら。気味が悪いわね」

 

同様に、人の感性からくる意見にも、他者が口を出すべきではないだろう。最近は、多様性の時代だからね。

 

「もしかしなくとも、もしかしても、そうだよ、詩季。安心して、中にいる人はとっても変わっているけれど、探偵としての能力も、探偵としての能力以外も、折り紙付きだから」

「誰の折り紙なのかしら、それは」

「僕のだよ」

 

詩季は、「そう」と小さく呟き、口を閉じる。

 

「じゃあ、行こうか」

 

詩季に気が付かれないよう、詩季の顔を見る。

氷のように凍てついた顔で、扉を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「やあ!!いらっしゃい、枯指妥君に詩季ちゃん!!あ、そこ座って〜??おーい柏田〜なんか適当に茶菓子でも持ってきてくれなーい?」

 

書類の山に向かって声を書ける。山のように積まれた紙がもぞもぞと動き出し、中からショートカットの中性的な顔立ちの男性が現れる。

 

「つかぬことをお伺いするのですが、先輩。今後輩に仕事押し付けて不眠不休で作業させた挙げ句、ようやく手に入れた貴重な睡眠時間を削らせて茶菓子を取りに行かそうとする人の形を保った化け物がいるらしいんすけど、そういった場合の対処ってどうすればいいと思いやすか」

「んーこれは一般論だけどー上司に逆らうとろくなことがないってのがこの社会の常識らしいのだよ。全く唾棄すべき文化だとは思うのだけれど、郷に入れば郷に従え、って言葉の通り、周りに順応することが大切だと思うのだよ」

「カスみてぇな社会の縮図を解説してくださりありがとーごぜーやーっす」

 

そう言って、部屋の奥に消えていった。

なんというか、彼もなかなか大変そうだね。

 

目の前に座った少女、この探偵事務所の実質的なボスである彼女、瓦楽ちゃんが僕と詩季を座らせた方と逆の方の、真っピンクなソファーに腰をかける。

 

「あれ、瓦楽ちゃん。僕、君に詩季のこと説明したかな?そんな記憶まるでないのだけれど」

「おやおやおや、私は全知全能なのだよ、ははっ!!あ、でもね、なんでもは知らないかな、知ってr…ッッガフッ…!!」

 

詩季と変わらない程の大きさの赤髪の小さな少女に拳を食らわす。

ギリギリセーフだ。

 

「ちょっとぉ!!何すんのさ!!今私がセリフを決める場面じゃん!!なーんで邪魔するの!!」

 

鼻血を垂らし、こちらに向かって抗議する。

 

「僕はね、人を尊ばない人間が嫌いなんだ。せめて独創性とオリジナリティに溢れるセリフを考えておいてね。まぁほら、悪いことだけじゃないよ。君の赫の髪と瞳にその鼻血はよく似合っているよ」

「えぇ。枯指妥くんサイコ過ぎない?怖いよ??ねぇ、詩季ちゃん??」

 

机の上の書類で鼻血の処理をしながら、詩季に語りかける。等の詩季本人は、彼女の声にまるで耳を貸さず、ぼーっと空を眺めている。

 

「それで、なんで詩季を知っているんだ?」

「あーそれね。私天才だから、わかっちゃうんだ」

 

ふむ。

 

「そうか」

「そうだよ〜」

 

なら、仕方がないか。溜飲が下がる素晴らしい答えだ。

 

「ねー枯指妥君?なんか詩季ちゃん全然こっち向いてくんないんだけど。挨拶くらい返してもらわないと私もやる気でないなぁ」

 

変わらず、詩季は虚ろな瞳で窓から見える空を眺めている。一切無反応だ。緊張しているのだろうか?まぁ、この年頃の少女ならば、緊張して、話せないこともあるだろう。

 

「そっとしておいてあげてくれないか、瓦楽ちゃん。詩季は緊張して、話せないんだ。許してやってくれ」

「んー困りますねぇ。せっかく美少女が目の前で座ってるのに、正面からその御顔を拝ませてもらえないのはなんだかむず痒いねぇ」

 

面白いことを気にするな、瓦楽ちゃんは。確かに詩季の美貌には誰もが目を奪われてしまうだろうが、そんな些事を気にしてまともな会話ができなくなるとは。天才とは、やはり我々とは一線を画した思考をするのだね。僕にはまるで彼女の考えが理解できないのだが、それは彼女が天才なのだからだろう。IQが20違えば互いに同種の人間同士であっても会話の理解度が落ちるらしい。恐らく、今我々の間に起きている情報の齟齬も、その類のことだろう。

 

「あ、いいこと思いついちゃった〜。ねえ枯指妥君?ちょっと腕貸して?」

「貸すだけなら。引きちぎらないでね?」

 

腕を彼女の方に向けて出す。念の為、雪が出ない方の腕を。炎と違って、雪は誤って放出してしまっても対して被害はないだろうが、念の為だ。

 

「そんな面白くないことしないよぉ〜」

 

そして、彼女は僕の腕をおもむろに掴むと、僕の腕を彼女に近づける」

 

「…???」

 

そうして、彼女は自分の胸に、僕の腕をあてがった。柔らかく、弾力のある感触が伝わる。

 

「どうかなー?枯指妥君、私のおっぱいは。柔らかいだろう?まだ私の姿は小さな少女だから、あまり大きさはないかもしてないかもだけど、それでも、年相応以上であると自負してはいるのだよ???」

 

ニヤニヤと、僕の顔を覗き込みながら、僕の腕を掴み続ける。

ふむ?瓦楽ちゃんの意図が読めない。これもIQの格差からくる認識の違いなのか?

一瞬そんな考えが頭をよぎったが、あっという間に隣からの、その禍々しくドス黒いオーラが視認できてしまえそうな、恐ろしく濃い殺意や殺気といった、恐ろしい気配に、打ち消される。

 

 

 

 

 



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拾った少女がヤンデレで深く深く深く愛されながら暮らす少年の話 @satousaitou

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