第一章 四話 謎と影
帰路に着く。時刻は、もう三時を過ぎていた。帰りに、シキ用の服や、その他諸々を買った。シキは別に大丈夫、と言っていたが、流石にいつまでもボロボロのセーラー服姿でいられたら僕が誘拐犯か何かと勘違いされてしまうだろう。
踏切を渡る。
「ごめんね、きゅー。私のせいで、あんなことになっちゃって..」
「気にしないで。怪我するのには慣れてるから。シキこそ、どこも怪我してない?」
「私は、大丈夫...」
「ならいいよ。男の傷は勲章だけど、女の子にとっては一生の傷になっちゃうかもしれないからね。それにあれはシキのせいじゃないよ。運が悪かったってやつだよ。だから、気にしないでね」
自分の頬を押さえながら、笑う。
それに、怪我をしたのは僕自身の未熟からくる油断のせいだ。彼女が謝る必要はない。
「わかった...。お家に着いたら、その頬の傷舐めてあげるから。それまで我慢してね」
「いや、それは大丈夫かな」
「だめ」
「いやいや、流石にね?」
「じゃあ、私の体全部使って、ご奉仕...」
「傷、舐めてもらおうかな」
何か、都条例に引っかかりそうなワードを口走りそうなシキの発言を上書きする。
僕の頬を力一杯ぶん殴った、魔女の姿を思い浮かべる。
ーーーーーーーーーーーーーー
「いやいや本当何も知らないんですってぇ〜。勘弁してくださいよぉ〜」
「なるほど。ということはつまり、初対面の僕たちになんとなく謎の力で炎を浴びせたと?」
「その通りですぅ〜」
地面に押しつけられている女性が折れた右腕を振り回す。痛くはないのだろうか。
「仮にあなたが何も知らなかったとしても、僕達を襲った事実は変わらない」
感情の籠らない声で、枯指妥が続ける。
「残念ですが、運が悪かったですね。大丈夫です、素直に話してくれたら、これ以上苦痛を感じることはありません。しかし、話さないようでしたら、こちらも不本意ですが非人道的なやり方に走るほかなくなります」
「へぇ。そりゃ怖いねぇ〜」
「もう一度、以上の事を理解した上で、答えてください」
そして再度、問う
「あなたは何者で、どうして僕たちを襲ったのですか?」
通常、道なき道を通らねば入ることができないこの湖に偶然いて、さらに偶然、なんとなくで放火することは、まぁ、あり得ないだろう。そして、彼女の右手。赤黒く、炎を放った右手。僕が右手から雪を出せるようになったのと同じように、彼女も右腕から炎を出しているのかもしれない。そう考えるなら、彼女は、少なくとも「契約」や、「シキ」について何か知っている可能性が高い。
もしくは....
そう考えていると
「あり?戦争について知らないの?あー。どうりでこんな場所にいるはずだよぉ〜。君たちも運が悪いねぇ」
「戦争?そんな仰々しいものが行われているのですか?」
聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべる。
「そうだよ〜。いやいや本当、君たちも運が悪いよ」
にゃははは、という奇妙な彼女の笑い声は、鈍い衝撃音で遮られる。
「曖昧にせず、答えろ。お前は誰だ」
口から血を流し、頬の跡を一層濃くした彼女は、遮られた行為を再度行う。
「にゃはは〜。じゃあ教えてあげるよ〜。私は楓のサクラ、杏叉だよぉ〜。で、繰り返すようで悪いけど、君たちは本当に運が悪い。後ろ、その性悪女の方みてみなぁ?」
拘束を緩めず、背後を見る。シキが、こちらを見ていた。怯えでも、恐れでもない、懐かしむような、そしてどこか悲しい顔をしてこちらを見ている。彼女を知っているのだろうか。
しかし、ただそれだけだ。
「何もないが?」
枯指妥が再度彼女に目を向けると同時、枯指妥の頬に鈍い衝撃が走る。眼下の彼女から距離をとり、その衝撃の主を見る。
「子供2人相手に何やってるんだ、猫」
「いやいやそれがねぇ〜?あの男の子めっちゃ強いんだよぉ〜」
そこには、現代にそぐわない格好の女性がいた。なんといえばいいのだろうか、魔女?のような奇抜な格好をしている。
こんな暑い日によくもまぁあんな暑苦しい服着れるもんだね。
杏叉と呼ばれた女性を起こした魔女(仮)目掛けて、ただ、歩き出す。
「..........確かに、そのようだね。私たちじゃどうにもならない相手だ。逃げようか」
僕をみた魔女はそ言って、杏叉の折れていない方の手をとる。
「逃がしませんが?」
「......おっと」
いつのまにか、彼女たちの背後に立った少年が、拳を繰り出す。
しかし、彼の拳は、彼女たちを狙って放たれたその拳は、ただ空を切るのみだった。
ーーーーーーーー
「.......消えた?」
突如として、なんの脈絡もなく、消えた。文字通り、その場から消えたのである。
「まったく。一体全体なにが起きているのだろうね?」
そう言って、目の前の超常現象への理解を諦めた少年は、空を見上げた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
チーン、と音を立てて、エレベータが僕たちの部屋がある階で止まる
「結局、なにもわからなかったね、きゅー」
小さな彼女が、両腕に袋を下げた僕の方を上目遣いで見る。可愛いらしいその仕草に、少し胸中を動揺させながら、その動揺を表に出すまいと、笑顔を作る。
「そうでもないよ。僕たちは、あの女の人たちのお陰で、何かしらで命を狙われる理由がある、ってことがわかった。それだけでも十分な収穫だよ」
杏叉が言っていた戦争、楓のサクラ、そして僕と同じようにおそらく契約をしている人間の確認。ほんの少しではあるが、しかし前には進めた。停滞するよりもずっといい。
「そう。ねぇ、きゅー。みて」
「どうしたんだい?」
シキが指差す先、つまりは我が家の扉に、一枚の紙が貼られていた。
「「我々は君の味方だよ。サクラ組より。」、ね」
全く、複雑怪奇だね。
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