第一章 五話 倫理

「きゅー。どう?似合う、かな?」

「うん。可愛らしいと思うよ」

「えへへぇ」


服を自慢げに見せてくるシキ。ボロボロのセーラー服から、可愛らしいフリルのワンピース姿へと変わった。

ふむ。セーラー服という点で、僕は彼女を中学生だと思っていたが、彼女のその姿、目の前の可憐で小さな姿を見ると、小学生にしか見えない。


「ありがとね、きゅー。すごく嬉しい」

「君が気に入ったのなら幸いだよ」


女性ものの下着コーナーに僕の手を掴んで駆け出した時はかなり肝を冷やしたが、まぁ、この笑顔に免じて許してあげようじゃないか。


「でも、きゅー。お金とか、大丈夫?色々買ってもらっちゃったけど」

「あぁ、その点に関してはご心配なく、だよ。お金だけは有り余ってるんだ」


子供には、愛よりもお金をかけるべし。我が家の家訓だ。月に、仮に家一軒買ったとしてもお釣りが出るほどの仕送りが僕に届く。もちろん、そんなものはただの高校生である僕には使いきれるわけもなく、こうして今まで余っていた分を少しでも消費できる機会がきたわけであって。そう考えるとむしろこちらが礼を言いたいぐらいである。


「きゅーのお父さんとお母さんは、何をしてる人なの?」

「なんて言えばいいのかな。事実を列挙すると、物理的に土地を転がしてお金を稼いでいる集団のリーダー、なんだけど」


あまり理解していない様子のシキに噛み砕いて言う


「まぁ、あの。資産家の殺し屋?みたいなものかな」


いや、あまり噛み砕けていないな、これは。

むしろ、余計理解を困難にする言い方かもしれない。


「殺し屋さん?ってことなんだね。ひょっとしてきゅーが、強いのって、関係あるの?」

「うーん」


うーむ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


「ーーーー」

「ーーーーーー、ーー、ーーー?」

「ーーーーーー」


「今度挨拶に行かなきゃだね」

「どうしてかな?」

「これからきゅーと、ずっと一緒にいることになったシキです、って」

「ほう」


それは、まずいね。純粋に、こんな小さな女の子を彼女か婚約者だとかで紹介した場合の、あの人たちの反応も気にはなるが。


「あ、あとねあとね。きゅーってお姉ちゃんとか妹ちゃんって、いるの?」


急に僕の足元に立ち、こちらの目をじっと見つめるシキの瞳、ハート型の瞳がまた黒く濁り始めているのに疑問を抱きつつ、答える。


「いるよ、妹が一人」

「.......へぇ。きゅーは妹ちゃんのこと好きなの?」


好きかどうかと聞かれれば、無論恋愛感情など一度も抱いたことはないが、しかし僕がまだ家族と共に生活を送っていた時分、いろいろと助けられた。

その恩もあるし、まぁ嫌いではない。


「んー。まぁ、好きと言えるかな」

「.........」


シキがハイライトが消えた瞳でこちらを見つめたまま、黙る。

どうしたのだろう。


「...きゅー。正座」

「どうしたんだい?」

「いいから、そこに座って?」


言われた通り、その場に正座する。

どうやら怒らせてしまったらしい。僕は何かまた無神経な事を言ってしまったのだろうか?気をつけてはいるつもりなのだが、やはり僕は空気が読めないらしい。昔、妹から散々言われたため、改善しようと努力はしてきたつもりではあるが、やはり一朝一夕で改善されるようなものではないのだね。



「きゅーは、私とその妹ちゃん、どっちが好き?」


正座した僕の頭を掴んで、シキが言う。

ちょっと痛い。

どちらが好きか?ふむ。


「妹だね。一緒にいた期間はシキよりも圧倒的に長いし。好意の蓄積という意味では、そうなるね。......あの、シキ?さっきからとても頭が痛いのだけれど」


だんだんシキの小さな腕に力が込められていく。とても痛い。先程の魔女っ子の一撃など話にならないほどの激痛だ。


「なるほどね。嘘をつかない正直なきゅーも、私は大好きだよ♡」


いだだだだだだだだだだだだだだ。



頭が割れる。割れてしまう。痛い。本気で痛い。どこにこれほどの力を隠し持っていたのだろうか。


「でもね、きゅー♡それはちょーっと聞き流せないかなぁ〜♡」

「聞き流せないとは、一体なんのことでございまするか」


痛みのあまり、言語が数世紀遡る。


「ん〜♡分かんない?」

「分かんない」


必殺鸚鵡返し。この技は、相手の特防、特攻を一段階減少させてええええ、痛いことが痛くなりああああああああああああああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い



「じゃあ、きゅー♡今から私が言う事を復唱してね♡」

「はい」


します。


「僕は、シキのことが好きで好きでたまりません。この世の森羅万象ありとあらゆるもの全てを天秤にかけても、シキを一生愛します。絶対に、永遠に、離れません。シキ以外に好きなものなんてありません。僕は永遠にシキだけを愛します」

「僕は、シキのことが好きで好きでたまりません。この世の森羅万象ありとあらゆるもの全てを天秤にかけても、シキを一生愛します。絶対に、永遠に、離れません。シキ以外に好きなものなんてありません。僕は永遠にシキだけを愛します」


そして、なおシキは言葉を重ねる。


「僕は、必ずシキに手を出して、子供をたくさん作ってもらって、ずーっと幸せに暮らします」

「僕は必ずシキに..................」


なぜだか、この先を口に出しては、僕の何かが損なわれる気がしたが、しかし、痛みで朦朧として、思考が完結しないまま、言葉を紡ぐ。


「..........手を出して、子供をたくさん作ってもらって、ずーっと幸せに暮らします」


僕が全てを言い切ると同時、永遠の苦痛とさえ感じられた痛みが、唐突に終わりを迎えた。


「よく言えたね、きゅー。えらいえらい。よしよし」


未だ正座した状態のまま、朦朧としている僕の頭を、シキが撫でる。


「じゃあ、早速ベッド、行こ?」


言葉の意味を理解するまもなく、僕はシキに言われるがまま、ベッドに寝転ぶ。

ガチャ、と音がする。

........ガチャ?

ようやく正気を取り戻した僕は、自分の現在の状態を理解する。


「あの、シキ?これは?」


いつのまに用意したのだろうか、本物の手錠で僕はベッドに両手を拘束されていた。


「きゅーの、ベッドの下から出てきた」

「いや、そういう意図の質問ではないんだ」

「じゃあ、どういう、意味?」

「なんで僕を拘束したのかな?」

「すぐ、分かる、よ♡」


そう言って、シキはおもむろにワンピースを脱ぎ出した。

僕はすぐに目を瞑る。


ふーむ。まずいね、果てしなくまずいね、この状況は。シキの力と行動力を見誤ってしまったかもしれない。


「ふむ。ねぇ、シキ。もう一度同じことを問う僕の愚かさを許して欲しいのだけれど、しかしながらもう一度聞かせてもらうね。どうして僕を拘束したのかな?」

「もう一度言うね、きゅー。すぐ、分かる♡」










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