第一章 二話 明日の為に
「きゅー、きゅー。側から離れないで」
「すまないが、こればかりは譲れないんだ、シキ。僕はまだ、倫理を犯す覚悟はない」
「だめ、一緒じゃなきゃ」
シキには申し訳はないが、流石にこれは譲れない。
風呂場の前で、僕の腕を掴んで離さないシキと、格闘をしていた。あの後、シキの腕の中から彼女が再び眠りに落ちた後に脱出した僕は、もう夕方に差し掛かっていたため、軽く夕ご飯を二人分作り、その間に沸かしていたお風呂に入ろうとした所でシキが目を覚まし、現在に至る。
「いやいや、シキ。流石にお風呂まで一緒は恥ずかしいのだけれど。というか、恥ずかしい以外の問題が発生してしまうのだけれど」
「だめ。一緒に入る」
困った。今日は歩き回ったせいで汗をかいたから、流石に湯船には浸かりたい。しかし、彼女と共に入る度胸も覚悟もない。大変困った。
「ごめんね、シキ。本当にここだけは、この場所だけは一緒には入れないんだ、僕達は。許してくれ」
そう言って、彼女の手を引き剥がす。涙目でこちらを見ている彼女を見ると、かなり心が苦しくなってくるが、致し方あるまい。最低限、公序良俗は守らなければならない。
「.......。酷いよ、きゅー..」
「............」
................。
□▽▽□△△□
「あったかいね、きゅー」
「そうだね、シキ」
上機嫌そうに僕の膝の上で気持ちよさそうに顔をとろけさせているであろうシキ。
良心の呵責と社会的な倫理を対決させた結果、良心が倫理をKOしてしまった。
結局シキの懇願を断りきれなかった僕は、妥協案として、僕だけ水着を着て、目隠しをして入ることにした。
「ふぅー..」
まぁ、お風呂はまたシキが眠ってからゆっくり入ればいいだけだ。
「ところで、シキ。唐突なんだけどね」
「なに?」
「どうして僕は雪を出せるようになったのかな?」
先程シキが眠ってしまって途切れた質問の続きをする。僕は、自分の意思で、手のひらに雪を出すことができるようになった。だからといって、あくまで雪を出すだけであるため、一旦無視をしていたがやはり気になる。
「わからない。ただ、契約をするとき、そうなっちゃうらしいよ」
えへへ、とまた上機嫌そうに僕に抱きつきながら、言う。
ふむ、シキは自分が、文字通り一糸纏わぬ姿であるのを理解してほしいね。柔らかいいろいろが当たる。目隠しをしているため何かはわからないが、マシュマロとかだろう。風呂場に突然マシュマロが湧き出すことは、よくあるんだ。きっと、今まで僕が知らなかっただけで。
常日頃から冷静であることが、僕の唯一秀でた特技だ。
「その、契約、というものはいったい何か聞いていいかな?」
「わかんなーい。えへへー、きゅー、好きぃーー」
可愛い。なんだこれは。目で見えずとも僕の膝に天使が、、、コホン。僕の唯一秀でた特技、頑張ってくれ。法を犯すつもりはない。
思考を半ば強引に切り替える。
「何もわからないの?」
「わかんない」
なるほど。ひとまずまとめると、契約というものは僕とシキが離れられない、僕が手から雪を出せる。この二つであるということだね。前者に関しては、彼女が寝ている時家の中であるとはいえ、離れて行動できたから拘束力は不明だね。
「どうしたものかね」
「どうしたの、きゅー?」
「いや、なんでもないよ。気にしないで」
こちらに視線を向けるシキの頭を探りあて、ぽんぽんと撫でる。「えへへぇ」とシキは気持ちよさそうな声をあげた。
△-△-□
なんとか平和にお風呂を終えることができた、いや、僕の胸中はまるで平和ではなかったが、しかし現実に何も起きていないので、それは平和であると言えるのではないだろうか。
そんな屁理屈はさておいて、脇に置いて。
危機を切り抜けた僕達は、夕食を終え、ベランダに出て空を見上げていた。
僕のシャツを纏っているシキは、ピタリと僕の体にくっついている。これは所謂、彼シャツというものだろうか。いや、年下の、しかもおそらく中学生に上りたての少女に自分のシャツを着せている高校生男子という風に事実を列挙した場合、なんともいろいろスレスレな気が醸し出ているこの状況だが、そのような神聖なものと一緒くたにして良いものなのであろうか。
「夜景とは、こんなに綺麗なものなんだね。今まで見過ごしていたのが悔やまれるよ」
「そお、だね」
「シキは好きなの?」
「好きだよ。ぼーっとね、何にも考えずに、綺麗なものを見るの。そうすると、なんだか、心のね、もやもやが全部どっかいっちゃうの」
なるほど、なかなか趣がある事を言うね。もし次一緒にお風呂に入る機会があれば、このもやもやをとってもらおうかな。そう煩悩の逃避先について考えていると
「きゅー。眠たく..なっちゃった。一緒に寝よ?」
「うん。それもそうだね」
涼しい夜風を浴び、気持ち良くなったのだろう。目を擦りながら、ふわぁ〜、とあくびをする彼女を連れて、ベッドに向かう。
「....だめ」
シキは僕の手を握りしめて離さない。
「一緒に寝るの」
やはりこうなるか。しかし、一度お風呂に一緒に入ってしまったのだ。今更同衾の一つや二つ、何を気にすることがあるだろうか。
そう、同衾という言葉の意味すらまともに取れなくなった麻痺した頭で、そう思考した枯指妥は
「分かったよ」
そう優しく返し、再びベッドに入る。
「..ん.....」
僕が横になるとすぐに、先程のようにシキが抱きつく。
「おやすみ、シキ」
「おやすみ、きゅー」
そう言って、温かく包まれるような感触と共に、眠りについた。
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