第一章 一話 離れられない
僕に口づけをした後、彼女は眠って、という表現よりも、気絶してしまったと言ったほうが正しいのだろうか。
あの後彼女は突然動かなくなってしまった。
そして彼女をどうすればいいかわからなかった僕は、一度自宅へ連れて返った。
自宅と言っても、小さなアパートを借りて、一人暮らしをしているだけだが。
男である僕が使っていたもので申し訳なくはあるが、他に場所もないので、彼女を僕のベッドに寝かせる。
「彼女の目は、あの奇妙な目は、一体なんなのだろうね」
目の前の彼女の、先程の奇怪な瞳を思い出す。
「そして、ごめんなさいとは、一体どういう意味だったのかな?」
まあ、一人で考えても仕方がないね。彼女が起きるまで待とう。
そう考えて僕は壁にもたれかかり、瞼を閉じる。
□△□△□-□△□△□
柔らかい。
柔らかい何かに覆われる感覚に、僕は目を覚ます。
気がつけば、僕は先程彼女を寝かせたはずのベッドで、横になっていた。
目の前には先程の彼女。彼女は僕の背中に手を回し、ぎゅっと抱きつきながら、僕の顔を、ハート型の瞳でじっと見つめている。
どういう状況なのだろうか、これは。
「起きた..の?」
蚊の鳴くような小さな声で、彼女が僕の耳元で囁く。
「起きたよ。おはよう。えっと、君の名前はなんて言うんだい?」
彼女の名前をまだ聞いていないことに気づいた。僕は、名前も知らないこんな少女と、キスをしたのか。
そう考えると、少し恥ずかしいね。
「私はシキ」
彼女が耳元で答える。
「しきちゃんか、よろしくね。僕の名前は枯指妥旧。長いかもしれないから、きゅうって呼んでね」
きゅー、そう彼女が細い声で呟き
「しきちゃんじゃない。シキはシキ。ちゃんはいらない」
そう、少し不機嫌そうな声で言った。
「わかったよ、シキ。改めてよろしく」
僕がそう言うと、満足そうに目の前の小さな少女、シキは満足そうに笑みを浮かべる。
「それで、シキ。早速で悪いのだけれど、お願いごとがあるんだ、聞いてくれるかい?」
「聞くだけなら、聞く。それでいいなら、聞くよ、きゅー。なに?」
僕に抱きつく力を少し強め、首を傾げる。
その可愛らしい仕草に、少しばかりときめいてしまった緩んだ思考を引き締め直し、もう一度平静を取り繕い、言う。
「この腕、離してくれるかな?」
「や」
呆気なく断られてしまう。まあ構わない。大した支障はない。美少女を前に、少し冷静でいるのがしんどくなるだけだ。
「そうか。嫌なら仕方がないね。じゃあこのままでいいから聞かせて欲しいんだけど、お父さんやお母さんはどこにいるのかな?」
「いない。みんなどこか行っちゃた」
どっか行っちゃった?こんな小さな子を置いていくなんて、なんて無責任な親なのだ。たとえそこに致し方ない事情があったとしても、許されていいことではない。
と、そこで彼女の纏っている制服に目をやる。彼女の見た目から推測するに、おそらく中等部の学生服だろう。
「じゃあ次の質問なんだけど、お家はどこにあるの?」
「わからない」
家の場所がわからない、か。これは少し面倒なことになるかもね。警察に届けを出すにしても、両親は所在不明で、住所もわからないんじゃあ、彼女の家を探し当てるのも時間がかかるだろう。
「じゃあ、もう一つ質問なんだけど、君の目はなんでハートの形をしていて、どうして僕に顔を見せるのを拒んだんだい?」
「..........契約しちゃうから」
「契約....?」
契約とは、お金を借りたり、高価なもの、例えば土地とか家とかを買うときにするあれのことかな?およそ僕ら子供にはまだ無関係な言葉だと思うんだけれど、まさか僕よりも小さな子からそんな台詞を聞くとはね。
「契約っていったいどういうことなのかな?」
「手、出して」
彼女に言われるがまま、右腕を差し出す。
彼女は僕が差し出した右腕の手を、両手で包む。シキの手は小さく、少し冷たかった。
「え....?」
彼女が手を離すと、僕の手の中に、この夏という季節ではおよそお目にかかれない、雪が握られていた。
状況を理解できていない僕に向けて、シキが続ける。
「きゅーはシキから、離れられない。私もきゅーから離れない。それが契約。これは、その契約で得た、きゅーの力」
そう言い、シキは再び、僕の唇に口づけをした。
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