第15話 ステップ

 理科準備室登校に慣れた7月の頃、理科準備室にある先生が来た。

「おう、春日井。元気でやっとんのか」

酒井先生。社会科の先生で声が大きい。身体も大きくて、顔を見るときは見上げなくてはならない。先生の問いに、唯は頷いて答える。立方体づくりの手は止めて。

「そうか。春日井、一回2階の職員室に来てみいひんか」

この学校は各フロアに職員室があり、一番大きな職員室が1階の正面玄関の近くにある。酒井の問いかけは「2年生のフロアの職員室に」という意味だ。予想外の誘いに唯は固まった。肩回りの動きがぎこちない。足先は冷たくなった気がする。手先が震える。先生の目が見られない。その様子を見て、酒井は理解したようだった。

「そうか。ほんならまた誘いに来るわ。ぼちぼちやりや」

そう言って酒井は理科準備室を出ていった。張り詰めた心の糸が緩んだ気がした。方は軽い。手足の先は温かく感じる。落ち着いた。唯は深呼吸をして、立方体に向かい合う。定規とシャープペンシルを手にとり、画用紙に設計図を描く。ここへ来るたびに作っているから、もう慣れっこだ。今日は立方体だけれど、次回は正12面体や24面体にチャレンジしてみたい。3角錐では広げたときの見え方は違うのだろうか。5角形では?そうなると定規一本では制作できない。分度器がいるから部屋を探してみないといけない。シャープペンシルももう少し細いものの方が誤差が少なくなる。楽しい。この雑多な部屋は、唯にとって安らげる城となりつつあった。

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