第11話 唐揚げ
唯は席に着いた。ダイニングテーブルには唐揚げとサラダ、ひじきの煮物に味噌汁が3人分並んでいる。この広いリビングダイニングの中、唯の向かい側にはいつも父親が座る。小さい頃は大好きだったこの席が、胸がギュッとする原因を作っているのは皮肉だなぁと思う。
――いただきます。
箸を手に取り、目の前の唐揚げを掴む。きつね色に揚がった衣の中にはいつもジュワっとあふれ出る肉汁が隠れている。しょうがが効いた味付けの唐揚げは、白米をするすると口へ運ばせる。この家の定番メニューであり、唯の好物でもある。母親手作りの、父親も唯も、昔から大好きな味だというのにテーブルの周りの関係性はこんなにも変わってしまった。大好きだった父親とはほとんど話をしなくなった。母親は唯にとってつらいことをさせないようになった。この唐揚げと、この家族と、一体何が違うのだろうか。レシピがないからいけないのだろうか。当たり前に変わっていく人間にレシピなんてあるのだろうか。いっそ唐揚げになりたい。
「唯、今日は学校どうだったの?」
母親が聞く。恐る恐る発せられたその声は、食卓に少しでも話題を提供しようとする姿勢が感じられる。今日はスクールカウンセラーの先生と話した、と唯は答えた。
「そうなの。あなたの中学校にもカウンセリングの先生はいたのね。良かったじゃない。」
母親は笑みを浮かべながら言う。
「どんな話をしたの?」
その質問はしてほしくなかった。正直に言えばきっとこの場は凍り付いて唐揚げの味なんてしなくなるだろうし、唯に嘘をつくほどの器用さがあれば学校になんて行くのは簡単だろう。今日は家族のことを話した、唯は正直にそう答えた。
「ごちそうさま」
父親はそう言って席を立ちリビングのソファへ座った。最近の父親は食事を摂るのがとても早い。まるで唯から逃げるようにソファへ行ってしまう。そして母親にビールとつまみを用意させるのだ。
「あら、今日も早いはね。ちょっと待ってね」
そう言って母親はキッチンへ向かった。ダイニングテーブルには唯が一人になった。この時間はさみしいのだけれど少しホッとする。なにより、唐揚げの味が一番感じられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます