第9話 お父さん

「唯は大きくなったらお医者さんになるんだよ」

 

 小さなころからそう言われて育ってきた。私の生まれた家は父方のおじいちゃんの代から整形外科の医者をやっている。お母さんはそこで医療事務として働いていて、そこでお父さんと恋に落ちたらしい。

「お医者さんになって、病気の人を治すんだよ」

 病院に来る患者さんたちは「痛い」とよく言った。腰が痛い、手が痛い、関節が痛い。ギプスをしている患者さんはさすがに痛そうだなぁと思ったけれど、そうでない患者さんはどこが痛いのかよくわからなかった。

 おじいちゃんの代から通ってきてくれている近所の高齢者たちはよく遊び相手になってくれた。決まって「唯ちゃんも大きくなったらお父さんみたいにお医者さんになるのよね」と言われた。本当は花屋さんになりたかったのに。


 小学校になり、お父さんが勉強を見てくれるようになった。今まで解けなかった問題が解けるようになると、お父さんはとてもうれしそうな顔をした。私はそれがうれしくて、頑張って勉強をした。


「中学校は私立の進学校にしよう。そこでたくさん勉強をして、高校ももっといいところに入るんだ。そうすれば、いい大学に入って医学を学ぶことができるよ」

 お父さんはそれが口癖になった。私は本当は花屋さんになりたかったのだけれど、お父さんに言うことはできなかった。お医者さんは嫌だなんて言ったらがっかりするに決まっている。そんなことになったらこの家にはいられないかもしれないじゃない。

「唯は賢いから、立派なお医者さんになるよ」


 中学受験は失敗し、近くの公立中学校に通うことになった。お父さんの口癖と、私の勉強の時間は無くなった。

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