第2話  鈴木陽葵と努力型

いつもと変わらない街並み、そして、そこを歩く私もいつもと変わらない──そう思っていた。あの先輩に出会う前は。

「やっぱり朝は余裕を持って出なくちゃね〜」

今は七時四十分。八時十五分までには登校しなきゃだけど、この様子なら絶対に間に合うと思う。そんな呑気なことを考えているのは、私──鈴木すずき 陽葵ひまり。今は私が通う東青とうせい学校に向かっている。ここから数分で着く……はずだった。

「ううっ、んぅ〜」

誰かが辛そうに地面にうずくまっていた。というか、あの黄色の派手な髪色って、絶対うちの学校の人じゃん。私は話しかけるべきか迷ったけど、困ってる人を見過ごすわけにはいかなくて、声をかけた。

「あの……どうかしましたか?」

「うう………い、ね……い」

「えっ?なんて言いました?」

「ねむ……い」

はっ?眠い?そんなんで倒れてたの?なんだか助けようとした自分が馬鹿らしくなってきた。

「鞄の……中……薬……」

どうやら、鞄の中の薬を取ってほしいらしい。

「あっ、じゃあ、鞄の中、触りますね」

私は、鞄を開けて気づいた。そう、この人はうちの学校の風紀委員であり先輩である葉野はの 愛莉あいりさんだった。私は学生手帳それを見て固まった。対応によってはヤバいことになる。急に頭が真っ白になってパニック状態。

「薬……早く……」

「えっ?!あっ、はい!」

私は速攻で薬を見つけると、愛莉あいり先輩に渡した。

愛莉あいり先輩は手際よく薬を飲むと、さっきまでの雰囲気が嘘のように変わって立ち上がった。

「ありがとう。えーっと……鈴木陽葵すずきひまりさん?」

「あっ、はい。鈴木です。どういたしまして」

愛莉あいり先輩は高校三年生。まあ、うちの学校は中学と高校が繋がってるから六年生だけど。ともかく、関わりが全く無いというわけではないけれど、大抵の人は他学年の名前を、それもフルネームで言える人はあまりいない。

「どうして、名前知っているんですか?」

「あら、不審に思われちゃった?これでも風紀委員だからね」

愛莉あいり先輩は少し笑って言う。

「風紀委員だというのは知ってましたけど、全員覚えるのは大変じゃないんですか?」

「んー、まあ大変だけど、みんなの名前がわかったほうがいいかなぁって。あっ、でも、絶対に覚えなきゃいけないって訳じゃないからね?」

どうやら、愛莉あいり先輩は好きで私たちの名前を覚えているようだった。うちの学校は普通よりも人数が多いから、大変だと思うのに。

「なんで、そんなふうに思えるんですか?」

気付けば私は、愛莉あいり先輩に質問をしていた。

「ふふっ、だって、学年関係なく仲良くなりたいじゃない?」

私はあ然としてしまった。だって、仲良くなりたいっていう理由で頑張っているんだから。

「でも、自分で待っているだけじゃ何も変わらないから」

愛莉あいり先輩の茶色の目が悲しそうに光った。

「あの、無神経な質問ですみません。なにかあったんですか?」

私が聞くと、愛莉あいり先輩が驚いてこっちを見る。

「昔ね、私、友達がいなかったの。今では色々な子たちから、先輩って言ってもらえてるんだけどね。でも、いつかみんな、何処どこかへ行ってしまうんじゃないかなぁって、時々思うの」

そう言う愛莉あいり先輩の目は恐怖を抱えている雰囲気だった。

「大丈夫です先輩、私は先輩のことを慕っていますよ。だから、あまり頑張りすぎないほうがいいんじゃないんですか?」

「そうかしら?私、頑張りすぎてる自覚、ないんだけどなぁ」

「えっ?!ないんですか?!それは流石さすがに……」

「うそうそ、ちゃんと思ってるよ?ああ、無理してるなぁって」

「じゃあ休んでくださいよぉ!」

先輩はもう笑いに耐えられなくなっている。

「そういえば、学校はいいの?もうすぐ遅刻ギリギリだけど……」

「ええっ!す、すぐに行きますぅ!」

「ふふっ、変な子……」

私は焦りすぎていて、愛莉あいり先輩の最後の言葉を聞き逃すことになったのだった。

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五十音は、十人十色 五十嵐 怜 @yukiharamio

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