9章 諸悪の根源②
夏木『何を勘違いしているのかしら?私たちが探しているものが《無い》なら、そのタイヤはランディアが作ったものではないという何よりの証拠ですよ。』
藤木『えっ?どういうことだ?』
石橋『?何を言っているんだ。』
夏木『鹿島社長は最初からここまでの展開を先読みしていたんです。だから社長は特別企業秘密を私たちに託した。』
石橋『だからなんの話をしている。偽物である証拠はあるのか無いのかどっちなんだ。』
夏木『企業秘密とは、タイヤに刻印されたシリアルナンバーのことです。』
石橋『くだらん。タイヤのサイドウォールに刻印している製造番号のことだろ?そんなもの全てのタイヤに刻印されている!このエコライフにも刻印されているだろう!』
夏木『違いますよ。我々が作ったタイヤには全て、タイヤの《内側》にシリアルナンバーが刻印されています。』
石橋『内側…だと?そんなものが本当に…』
夏木『東北で回収した偽物の可能性があるエコライフに、シリアルナンバーはなかった。つまり、それは我々が製造したタイヤではないということです。』
夏木は続ける。
夏木『そしてここにある8本のタイヤ。そのうち4本にはシリアルナンバーが存在し、そのほかの4本にはシリアルナンバーが存在しないはずです。』
藤木『どけ、俺が確認する。』
藤木はタイヤの前に立つ石橋を腕で払い除け、8本のタイヤを確認した。
藤木『間違いなく、8本のうち4本にはシリアルナンバーが無いな。』
石橋『そ、そんなものお前たちが刻印を忘れただけじゃないのか!それだけの理由でこれが偽物だなんて言えるか!』
夏木『そうくると思いましたよ。では高中さん、入ってください。』
高中『失礼します。』
高中が会議室に入ると、意外な男が隣に立っていた。
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高中の隣に立っていたのは、栗林繊維の社長である栗林だった。
栗林『お久しぶりですね、皆さん。今日は鹿島社長のため、ここへ来ました。』
石橋『まさか、なぜこんなところへ。』
高中『無論、本物と偽物の判別をしてもらうためですよ。証拠が二つあれば、もう言い逃れはできない。』
夏木『わたしたちのタイヤにあってレプリカタイヤにないものがもう一つあるんですよ。石橋さん。あなたならご存知でしょう?どうしても再現できなくて悔しい思いをしたでしょうから。』
石橋『次世代…ナノテクノロジーカーボンファイバー…か。』
夏木『その通りです。栗林社長なら、一目でそれがわかります。』
栗林は藤木とともにナイフでタイヤを裂き、内部をむき出しにした。
栗林『間違いありませんね。シリアルコードが存在するタイヤは間違いなくナノテクノロジーカーボンファイバーが組み込まれている。しかしシリアルコードの存在しないこのレプリカタイヤには……』
石橋『わかった。もういい。我々の負けだ。』
夏木『ようやく罪を認めたようですね。あなたたちは、我々ランディアの製品を模倣して多くの人を殺害し、その責任をそのまま私たちに押し付け、失脚を狙った。これは無差別大量殺人ですよ。』
石橋『エコライフの登場で私たちはトップの座から引きずり下ろされた。何をしてもエコライフには勝てなかった。しかし、狩野がランディアを陥れることのできるデータを所持していると聞き、私の秘書に迎え入れた。私は、この会社を守りたかったのだ。20年間トップを走り続けたこの会社を。先代、先々代、いやもっと前からこの会社を成長させ、トップにのし上げた私の先祖のために。』
夏木『だからって…他者を貶めて、関係のない人を殺害して、そんなことをしてあなたのご先祖は本当に喜ぶのですか?!』
石橋『あなたにはわからないでしょう。歴史を持つ会社のトップに立つという責任の重さが。』
夏木『そんなものわからなくていいです。私はどんな理由があろうと人を殺すための道具なんて作らない。この件は刑事告訴させていただきます。もしあなたに少しでも自責の念があるなら、自首をしてください。自首をすれば多少なりとも罪は軽くなるはずです。』
石橋『…わかった。約束しよう。』
石橋は全てを認め、覚悟を決めた。しかし…
佐川『わ、私は関係ない!』
諦めの悪い佐川は、小島運送の無関係を主張した。
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佐川『これはギャロップタイヤが勝手にやったことだ。我々は何も知らなかった。私の部下がエコライフをギャロップタイヤに持ち込んだのは、配達前の商品チェックのためだ。』
佐川は無理に理由を作り小島運送の関与を否定する。
狩野『あなたって人は…いつもそうやって逃げてばかり…。』
夏木『……佐川さん、なぜ別の会社で我々のタイヤをチェックする必要があるのですか?そんなの聞いたことがありませんよ。』
佐川『そんなこと言われても、以前からそうなっているとしか言えない!我々がこの件に関与した証拠でもあるのか!』
夏木『わかりました。では滝沢さん、入ってきてください。』
会議室に滝沢と、男性が1人入室した。
滝沢『佐川さん、この方が誰かわかりますね?』
佐川『お前…なんで…』
男性『私は小島運送の者です。この度は滝沢さんに大怪我を負わせ、この件に加担し申し訳ございませんでした。私は滝沢さんに諭され、ここへ来ました。罪を償い、一からやり直す所存です。皆さんのおっしゃる通り、私は佐川専務に指示をされ、エコライフをギャロップタイヤで偽物と入れ替え、ユーズドカーに運びました。』
佐川『ち、違う!私はそんなこと知らない…』
男性『これを聞いてください。』
録音された音声が流れる。
佐川『なぜ勝手なことを?』
男性『すみません…株式会社ランディアの人がいたので…もしかしてバレたんじゃないかと思って怖かったんです…』
佐川『お前があの女を殴ったことで裏に誰かがいると伝えたようなものなんだぞ。ところで最後のエコライフはきちんと納車されたのか?』
男性『それが…株式会社ランディアの人が新品のエコライフと交換してて…』
佐川『チッ……まさか、気づいたのか?いや、まさかな……』
男性『私はもうこんなことできません。もうやめさせてください。』
佐川『今更やめるなんて許されるわけがないだろう。お前はもう我々が犯した殺人の一端を担ったんだからな。』
男性『………わかりました。』
録音はここで終わっていた。
男性『これが佐川専務がこの件に関与した証拠です。この度は皆様にご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。そして亡くなった皆様に心よりご冥福をお祈りいたします。』
佐川『きさまああああああああ!!!!』
佐川の罪も、言い逃れのできない証拠により明らかとなった。
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佐川が会議室を飛び出したが、誰も追うことはなかった。
石橋は項垂れたまま動かない。
そんな中、狩野が口を開いた。
狩野『ごめんなさい夏木…いや、秋菜。私はね、あなたに負けるのが悔しかったの。』
夏木『私に…?どうしてそんなに私に執着するの?シノシノラバーの件で裏切ったから?』
狩野『そう、裏切ったのが許せなかった。……私とあなたは友達ではないから。』
夏木『どういうこと?私と麗美は初めから友達じゃなかったの?』
幼いころから夏木にとって麗美(うるみ)は友人の仲であった。
狩野『その通りよ。あなたは、私の妹だから。』
夏木『うそでしょ…?適当なことを言わないで!私はそんなの知らない!』
狩野『知らないはずよ。あなたが物心ついた時にはもう別々に暮らしていたから…。あなたが産まれてすぐ、両親は離婚したの。私は母のところへ、秋菜は父親の所へ行った。母は父と離れて鬱屈していった。母と暮らす私たちは貧しかった。賢く生きなければ生きていけなかった。秋菜、あなたの父は再婚し、裕福な家庭で幸せに暮らした。私はね、あなたが羨ましかったの。』
夏木『私は、何も知らない…。』
狩野『それでもね、私は優越感に浸っていた。あなたは中級企業の株式会社ランディア。私は規模の大きいシノシノラバーの秘書だったから。そしてあなたを利用した。でも、裏切られた。……今回も私はあなたに勝てなかった。』
夏木『……』
狩野『でも、なぜ私があなたに勝てないのかわかった。私は最初からずっと1人だったから。信頼し合い、信念を持って働くあなたたちに、卑怯な手を使って出し抜くことなんてできるわけがなかった。』
静まる会議室で、狩野は続けた。
狩野『私なんかより、ランディアの仲間の方が家族らしいね。良かったね、秋菜。』
夏木『麗美ちゃん…。』
狩野は項垂れる石橋を連れ、会議室から退室した。
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