5章 見えない敵
関西、東北へ出向いた人員は本社に集まっていた。
夏木『控訴期限まで時間がない。控訴するには、社長が無罪である決定的な証拠が必要です。現時点でわかっていることをまとめましょう。』
藤木『俺は研究所で山崎さんと話したが、冒頭陳述にある加硫剤が少ないなんてことはありえないと聞いた。俺が研究所を見た限りでは、不良品が社外に出回るなんてことは考えられない。それと、これがエコライフの研究データだ。』
滝沢『私は東北支部で、エコライフの事故は中古車販売店の株式会社ユーズドカーが販売した車両であることを突き止めました。また、株式会社ユーズドカーの調査中、何者かに襲われて峠に置き去りにされました。すみませんが私はしばらく休ませてもらいます。』
高中『俺はユーズドカーの店舗で最後のエコライフ装着車両の納車に立ち会って、その車両に装着されていたエコライフを持ち帰った。手に入れたエコライフは今頃ランディア研究所に届いているはず。』
夏木『なるほど。私は暗号を解読して、中身を調べているところ。……やはり滝沢さんを襲った人物が気にかかるところね。どうしてそんなことをしたんだろう。』
高中『滝沢さんが言うには、エコライフの納車に立ち合わせたくなかったからじゃないかって。』
夏木『じゃあ株式会社ユーズドカーがなにか企てを…??』
高中『それはないと思う。ユーズドカーの店長はタイヤを交換することに抵抗することなく応じてくれたから。』
夏木『じゃあやっぱりエコライフは欠陥品だったの……?』
高中『そういえば、帰り際に小島運送って会社の車を見かけたんだけど、なにか関係あるかな?』
夏木『それなら確かうちのタイヤを販売店に持っていってくれている会社ね。』
藤木『ともかく、高中さんが持ってきてくれたタイヤを山崎さんにみてもらわないとな。』
高中が入手したエコライフに、何があるのだろうか。
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遺書
このような形の報告になり皆様には大変申し訳ございません。
株式会社ランディア社員の皆様、東北支部から送られたタイヤについて研究結果をご報告いたします。
結論から申し上げまして、このタイヤは当研究所におけるエコライフ開発過程の不完全なタイヤであると判明致しました。
先日研究所にお越しいただいた藤木殿にデータをお渡ししておりますが、その中の254ページにございますデータがその内容になります。つまり我々の研究中のデータが、多くの人の命を奪ったということになります。
私はこの命をもって、責任を取らせていただきます。
ただ、私たち研究員は、決して社外にこのデータを持ち出すことはありません。
残された研究員のためにも、それだけは信じていただくようお願い申し上げます。
株式会社ランディア研究所長 山崎
本社に全員が集合した翌日、ランディア研究所の山崎が自ら命を絶った。
山崎の自殺は自分の研究が人の命を奪ったことに責任を感じてのことであった。
藤木『嘘だろ…?山崎さんが…?誰がこのデータを流出させたんだ。絶対に許すわけにはいかない。』
高中『仲間は疑いたくないけどこうなると仕方がないな。』
藤木『内山、奈良に居たよな?いったい何をしていた。』
内山は動揺しながら話し始めた。
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内山『私は、気になることがあって奈良県にいました。…これは誰にも話せませんでした。単独行動です。シノシノラバーの本社は奈良県にあって、元社長の篠山さんも奈良県に住んでいます。』
藤木『やっぱりお前はシノシノラバーのスパイだったのか!』
内山『待ってください。私が調べていたのは、狩野の行方についてです。』
内山は続けた。
内山『鹿島社長を見ていると、ずさんな仕事をしたり、誰かに恨みを買ったりするような人ではないことがわかります。だから恨んでいそうな人は限られてきます。』
藤木『あのマヌケな篠山社長が話してくれることなんてあるのかよ。』
内山『ええ、私はシノシノラバーではかなり信頼されていましたし、篠山さんはどちらかと言えば被害者ですから。』
藤木『それで狩野の行方はわかったのか?』
内山『ええ。狩野は現在、ギャロップタイヤの秘書です。』
藤木『ギャロップタイヤ…?タイヤ業界ナンバーワンのあのギャロップタイヤか?!そういえばエコライフの成分調査をしたのもギャロップタイヤだな…』
内山『正直今回のことと何か関係があるのかはわかりません。ただ敵になりうる存在の立ち位置は把握しておくべきかと。』
藤木『詳しく話してくれ。』
内山は何があったかゆっくりと話し始めた。
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数日前
内山は本社での仕事を部下に引き継ぎ、奈良県に来ていた。
内山『約束の喫茶店はここね。』
ドアを開けると、大きめの鐘がガランと音を立てた。昔ながらのレトロな雰囲気に、内山は落ち着きを感じた。
篠山『やあ、内山くん。さすが、時間ぴったりだね。』
内山『お久しぶりです。篠山社…いえ、篠山さん。』
内山は思わず社長と口から出そうになったが、すぐに改めた。
篠山『それで、私に聞きたいこととはなんだい?』
内山『はい、元秘書である狩野について教えてください。今どこで何をしているか、わかりますか?』
篠山『彼女についてか。正直私にはわからない。だが、元部下に聞いて確かめてあげても良い。』
内山『本当ですか?!助かります。お手を煩わせて申し訳ありません。』
篠山『気にしなくていいよ。まあ、感謝しているなら今度デートに…』
内山『それでは失礼します。よろしくお願いします。』
篠山『えっ、あっ。』
………………
藤木『なるほど、そうして聞き出したのか。』
内山『それより藤木さん。なぜ私が奈良県内にいることを知っていたんですか?』
藤木『見かけたんだよ。ライブハウスで。俺をつけてたわけじゃないのか。』
内山『ライ……えっ?!?!!』
緊張が張り詰めた。
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藤木はライブハウスにいた内山が何をしていたのか問い詰めた。
藤木『あそこで何をしていた。言え。』
内山『そ、それは……』
珍しく内山が動揺している。藤木は何かあると確信した。
藤木『やはり俺の行動を監視していたんだろ?裏に誰がいる。教えろ。』
内山『さ……の……ン…………から……。』
藤木『なに?!聞こえないから大きな声で言えよ!!』
内山『ファンだから!!!!!』
藤木は突然の内山の大声に腰を抜かした。
内山『坂茶さんの!!ファンだからぁ!!!!!!!』
藤木『うそだろ…?!それでライブハウスに…?!』
内山『ダメなの?!推しのライブに行っちゃダメなの?!!?!』
内山は思わず泣き出した。
藤木は、何も言えなくなってしまった。
高中『ま、まあ内山さんがスパイじゃなくてよかったじゃないか。とりあえず今やるべきことは、データを流出させた人物を特定すること。それと……東北支部から滝沢さんが借りた車、ドライブレコーダーがついてたはず。それに何か映ってるかも。』
ふと、夏木が思い詰めたような顔をして話した。
夏木『データを流出させたのは、私です。』
時が、止まった。
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夏木は、自分がデータを流出させたと言った。驚き言葉を失う一同。
藤木『お前は一度ならず二度までも…。』
藤木は思わず夏木に食ってかかる。
夏木『みんなには迷惑をかけてごめんなさい。正しくは、流出させたのは私だと思う。ってこと。』
藤木『どういうことだよ?』
夏木『みんな覚えてるでしょ?以前、私が社長室からデータを抜いて狩野に渡したこと。中にはプレゼンの内容のほかに研究データもあった。おそらく、その中身を悪用している。』
藤木『あの一件が尾を引いていると…』
夏木『確証はないけど、ほかにデータが漏れる要素が見当たらない。裏切り者だっているはずない。だとしたら、原因は私しかいない。』
藤木『そういうことか。わかったよ、そういうことならお前は裏切り者じゃない。疑って悪かったな。』
夏木『ううん、私が原因でこうなったかもしれないし。だとしたら尚更この事態に負けるわけにはいかない。』
少しずつ見えてきた真相。
鹿島の控訴期限まで、あと少し。
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