3章 ランディア研究所

関西支部に到着した藤木は、坂茶と合流した。


坂茶『本部と関西を何度も往復して大変ですね。』


藤木『事態が事態ですから。』


坂茶『それはそうですけど。それで調べたいことって何ですか?』


藤木『タイヤの成分について。これから三重のランディア研究所に行きますよ。』


坂茶『なんで?!!?!私も?!』


藤木『そのような指示ですので。』


坂茶は面倒そうに準備を始め、藤木とともにランディア研究所へ向かった。


坂茶『なんで三重に研究所を作ったんやろ。』


藤木『それはもちろん、天下の鈴鹿サーキットがあるからでしょう。テストにはもってこいのコースですから。』


そんな雑談をしている間に2人は研究所に到着した。


藤木『はぁ、ほんとは嫌だけど行きますか。』


坂茶『所長は変わり者ですからね。』


2人は、社員証をゲートにかざし、研究所に入った。


-----------



藤木『だから嫌だったんだよ。これで3日目だぞ。時間がないのに。』

藤木はため息混じりに言った。


坂茶『でも所長が話を聞いてくれへんことには始まりませんから。』


藤木『はぁ〜、坂茶さんがいなかったら折れてますよ…。』


藤木の口から愚痴が出るのも無理はない。

昨日、一昨日と、所長の山崎に門前払いを食らっているからだ。 そして今日。藤木と坂茶は山崎の出勤時間に合わせ、入り口で待ち伏せした。


藤木『話を聞いてもらえないなら、この訴状と冒頭陳述の内容を記したこのメモだけでも渡さないと。』


坂茶『来ましたよ!藤木さん!』


藤木『所長、今日こそ話を…』


山崎は顔の前で手をひらひらと動かし拒絶した。遂に、話を聞くことはなかった。


藤木『ほんと所長の営業マン嫌いには困ったもんだ。』


坂茶『今日は金曜やから…次に来られるのは月曜ですよ。困りましたね。』


藤木『いや、これでいい。所長のスーツのポケットにメモを入れておいた。あれを読んでくれさえすれば、研究者として黙っていないはずだ。』


坂茶『なるほど。そうやって女性の服のポケットに連絡先を入れとるんか。』


藤木『わかります?坂茶さんの右ポケットにも入っていますよ。』


坂茶『チャラっ。』


2人は、関西支部へと踵を返した。


-----------


 

坂茶は週末に奈良県内のライブスタジオでライブを行うのが趣味だ。

土曜日、22時。土日に動けない藤木は、坂茶のライブを見に来ていた。


藤木『坂茶さん歌上手いなー。それにしても、所長は連絡をくれるだろうか。』

心配で歌に集中できない藤木は、キョロキョロとあたりを見回した。


藤木『あれ?あの人は……。』


一心不乱に躍る女性。


その姿は、本社にいるはずの内山だった。


藤木『なんで内山さんが?本社の仕事はどうしたんだ?あっ。』


藤木の携帯が鳴った。


藤木『もしもし。』


山崎『山崎だ。今すぐ研究所に来てくれ。』


そう言い残し、電話は切れてしまった。

楽しそうに歌っている坂茶を止めるわけにもいかず、藤木は1人でスタジオを後にした。


-----------


 

山崎『あの冒頭陳述の内容はおかしい。』

山崎は怒り混じりに話した。


山崎『加硫剤はタイヤの成分において基礎中の基礎だ。』

山崎は続ける。


山崎『販売に至ったタイヤにおいて加硫剤が足りないなんてことはまずありえない。まずお前ら、実際に事故を起こした車両のタイヤは見たのか?』


藤木『写真でなら見ました。おかしな点は…特に見受けられませんでした。』


山崎『お前は写真だけで成分がわかるのか?』


藤木『でも成分ならうちの在庫から抽出すればいいのではないでしょうか。』


山崎『いいか。在庫にあるものと事故を起こしたものの成分が同じとは限らない。たとえば製造工程に問題があったり、どこかの過程で異物が混入していたりして、その不良な製品を使用してしまった。なんてことがないわけではない。』


藤木『なるほど。』


山崎『お前ら営業は、エコライフの詳細な成分表や製造方法など知らんだろう。これを持っていけ。』


山崎は辞典のような分厚い冊子を藤木に押しつけた。


山崎『それにはエコライフを製造するにあたり、研究を開始した時点から商品化するまでの研究データが記されている。利益のことばかり考えて開発や生産のことを全く知らない営業マンは嫌いだが、それとこれとは話が別だ。邪険にしてすまなかったな。』


資料を手に入れた藤木は、宿泊先のビジネスホテルへ帰った。


ホテルに戻った藤木は、資料を少し覗いたがその膨大な量のデータにたじろいだ。


藤木『こんな途方もない量の研究データを出して、やっとタイヤが商品化するんだな。研究者たちのためにも必ず真相を突き止めないと。』


藤木は決意を新たに、眠りに落ちた。



-----------


 

翌朝。坂茶に連絡を入れた藤木は休日にもかかわらず会社で合流した。

藤木はデータを手に入れたことを坂茶に伝え、東京の本社に帰ることにした。


藤木『データを手に入れたのはいいが、内山さんの動きが気になるな。』


ライブスタジオにいた内山の姿が脳裏から離れない。


藤木『もとはシノシノラバーの社員、気を付けておいたほうがいいかもな。』


内山の動きは気になるところであるが、ランディア研究所への出張は、研究者たちの熱意と心意気が藤木に伝わるものであった。


藤木『あの人たちが嘘をつくとは思えない。』


ランディアに不正があったのか、意図しないトラブルで不良品がユーザーに渡ったのか、まだ藤木にはわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る