2章 暗号

…………

起訴状

被告人は、株式会社ランディアにおいて、タイヤ商品名エコライフを不完全なまま販売し、使用者を死傷させたものである。


罪名

業務上過失致死傷罪

裁判官『検察官が読み上げた起訴状の内容に間違いはありますか?』


鹿島『はい。エコライフにつきましては、幾度も研究と試験を重ね、安全性を確認した上、完全な状態で販売しております。』


裁判官『では検察官、冒頭陳述をしてください。』


検察官『はい。起訴状にございますタイヤ〈商品名エコライフ〉装着の車両事故が多発した件についてご説明申し上げます。被告人は、株式会社ランディアにおいてエコライフを開発し販売したが、その成分に加硫剤が極端に少なく弾力が得られないタイヤであることを隠匿のうえ販売し、使用者のスリップ事故を招いたものであります。今回の事故に関して先月、先々月と二ヶ月にわたり集計したところ、エコライフが関係した全国40件の事故のうち、25件が死亡事故であります。成分において加硫剤が少ないとの事実は、事故にあった車両から外したタイヤを、大手メーカーであるギャロップタイヤ研究所において成分を調査したものであり、そのデータは今私が書面で所持しております。』


鹿島『そんなはずはありません!加硫剤については配合率を慎重に調整し………。』


裁判官『被告人は静粛に願います。』


鹿島『………。』


裁判中、鹿島は終始反論できることなく、判決が下された。


裁判官『車両事故においては、タイヤ〈商品名エコライフ〉の責任が非常に重く、その開発元である株式会社ランディア社長鹿島を有罪と認め、3年の懲役とする。尚被告人は14日以内に届出をすれば控訴することができる。本日はこれにて閉廷とする。』


傍聴席にいた夏木は、泣き崩れた。


---------



鹿島は傍聴席で涙を流す夏木に向かい、暗号のような言葉を投げかけた。


鹿島『F7CAAを踏め。困難の扉を開く鍵は、常に真心だ。』


そう言い残した鹿島は、法廷を後にした。


……………


鹿島社長逮捕のニュースは、日本中を駆け巡った。


株式会社ランディア不祥事………

殺人タイヤ………

コストカットのための意図的な犯行か………


東北、関西に調査に出ていた人員も、本社に集まっていた。


夏木『どうしよう。社長が帰ってこないだなんて……私たち、どうしたらいいの……?』


高中『このままじゃマズいぞ。何か手はないのか。』


滝沢『もう世間は私たちを悪者だと決めつけているし下手に動けませんよ。これではもう……』


社員は、失意のどん底にいた。


内山『みんな、ほんとにそれでいいの?私は1人でも社長を助けます。』

内山はランディアの仲間たちを鼓舞する。


藤木『夏木、裁判の内容を教えろ。』

内山の鼓舞に答えるように藤木は口を開く。


夏木『ええと…まずはエコライフが原因で事故が多発していて…』


藤木『それは知っている!なにか気になることとかなかったのか?!』


夏木『ちょっとまってよ、私だって動揺しているんだから…気になることといえば、成分…エコライフの成分について加硫剤が少ないからスリップを起こしたとか…。』


藤木『ふーん、天下のエコライフがねぇ。』


夏木『…社長、加硫剤のところで珍しく大きな声で反論していた…。』


藤木『そりゃそうだろ、社長がそんなずさんな成分で販売するわけがないからな。やることが見えてきた。俺はもう一度関西の研究所に行ってくる。』


藤木は迷わず本社を飛び出した。


---------


 

夏木『藤木さんは関西へ、か。あっ、社長が最後に言っていた暗号…。』

夏木は鹿島が残した暗号を思い出す。


滝沢『何か言っていたんですか?』


夏木『うん、たしかF7CAAを踏めって……。』


高中『ゲームの裏技みたいだね。』

高中はいつも通りユニークなとらえ方で考えていた。


滝沢『きっと意味があるはずです。みんなで考えましょう。』


しかし暗号は解けないまま1週間が経過した。


夏木『控訴するとはいえ、時間がありません。社長が早く釈放されるように頑張らないといけないのに……』


高中『夏木ちゃん、俺わかったかもしれない!!』


夏木『はいはい、一応聞くけど満足したらまた東北支部に向かってくださいね。』


高中『滝沢さんみたいなこと言わないでよ…。』

高中は自信満々に続けた。


高中『とりあえずF7って7階じゃない?』


夏木『そこだけですか。7階なら7Fにするような……いや、でも……。』


高中『7階って何があったっけ?』


夏木『7階は、金庫室がある!』


暗号は解けたのだろうか。 夏木と高中は金庫室がある7階へと向かった。


---------


 

ランディア本社は都内にある7階建てのビルである。

通常、社員は1階から6階までの間で業務をこなしている。

7階の金庫に用事があるのは幹部か経理の人間だけであった。


高中『へぇー!7階なんて初めて来たよ。』

高中は本社勤務になって日が浅い。


そして営業部所属のため金庫室に用事はなかった。


夏木『7階のフロアはAからB室にかけて金庫室になっています。C室は………あっ。』

夏木が話している途中で高中が口をはさむ。


高中『なるほど、F7Cは7階C室ってことか。』

嬉しそうに解読する高中。


夏木『C室は…特別応接室です。重要な取引先の相手やここぞというときに使う部屋です。』

夏木ですらC室に出入りすることはほとんどなかった。


高中『しかしさっぱりしているな、20畳くらいあるのに真ん中にソファとテーブルだけかよ。たしかに高級感はあるけどさ。』


高中はソファにドカッと座り欠伸をした。


夏木『この部屋に何かあるの…?次の暗号は。A………。』


高中『あ、もしかしたらAAかもしれない。』

高中は急に立ち上がり部屋の角へ移動した。


夏木『どういうこと?』


高中『地図だよ。この部屋の地面はタイルになっているだろ?地面を地図に見立てて…左上のタイルから右へABC、左上のタイルから下へABCDと………。』


夏木『つまりAAに当たるのは、1番左奥のタイルね。ここを踏む…と。』


ガコンと音を立てて隠し扉が現れた。


驚き腰を抜かす夏木。


夏木『この壁の向こうは金庫室……この扉は、金庫室の裏口ってこと…?』


金庫室に裏口が存在した。


鹿島社長が伝えたいこととは、いったい何なのだろうか。



---------


 

夏木が重厚な金属の扉を開けると、小さな空間が出てきた。


その空間には一台のデスク。デスクの上には、小さな金庫が置かれていた。


夏木『金庫にはパスワードがかかっている。パスワードがわからないと開けられない。』


高中『それも俺、分かる気がする。任せて。LANDEER……と。』


夏木『ちょっと、そんな簡単なわけが…!!』


ビーという警告音数秒間が発せられ、扉が開くことはなかった。


夏木『何をやっているんですか!扉に3回間違えたら鍵がないと開かないって書いていますよ!!貴重な一回を…………あれ?他にもなんか書いてある……』


difficult


夏木『難しい…?パスワードは難しいってこと…?わからない……。』

夏木は必死に頭を巡らせるが、思いつくことはなかった。


高中『なるほどね、今回は絶対に自信がある。任せて。difficultと。』

高中は口笛を吹きながら入力した。


夏木『は?!ちょっと待ってくださいよ!そんなわけないでしょ!!!』

夏木は焦り、普段出さないような大声を出す。


ビーと警告音がなり、またしても扉が開くことはなかった。


高中『なんだよ、忘れないようにここに書いておいたんじゃないのかよ。』

悪びれもなく舌打ちをする高中。


夏木『わたし、今まで生きてきてこんなに人を殴りたくなったのは初めてです。もうチャンスは一度しかない……。』


高中『なんか思いつかないの?あんた秘書でしょ?』

無神経に夏木に当たる高中。


夏木『difficult……』


高中『こんなんわかるわけなくない?一度戻ろうよ。』


夏木『こんなん……?あっ、わかったかもしれない!』


夏木は、金庫のキーボードにmagokoroと入力した。


夏木『社長は、すべてヒントをくれていたんだ。difficultは困難とも訳せる。社長は法廷を出る前に、困難の扉を開く鍵は常に真心だって言っていた。あれはこのパスワードのことだったんだ。』


金庫の鍵が、遂に開いた。

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