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 初めの印象は、次に会うのが一ヶ月先だとしたら、顔を忘れているかもしれないと思ってしまうほどに印象が薄い、何処にでもいそうな女の子。


 人より容姿が整っている自覚があるアロイスだが、そんな彼をもってしても適わないと思わせる、白皙の美貌を持つ親友がいたくご執心のご令嬢。

 正直、親友と釣り合うほどの美女を想像していたのだ。期待値が高かっただけに、彼女の容貌に関しては肩透かしを食らった気分だった。



 確かにジークハルトやアロイスを前にしても頬を染めたりどもったりせずに、まともな会話が成り立つ点は好感が持てるし、隠しているつもりで隠し切れていない「早く帰りたい」とでも言いたげな表情はいっそ面白い。


 だがそれだけでは、アロイスの興味を持続させるには足りなかった。

 アロイスの関心はどちらかというと、彼女の外側ではなく秘された中身にあるのだ。





 元々アロイスはスピリチュアルな類を全く信じていなかったのだが、ジークハルトと親交が深くなるにつれて、次第にその考えを改めるようになっていった。

 何せ親友の身の回りでは、定期的に常識では説明がつかない現象が起こるのだ。


 なのにジークハルトは、その都度つどこそこそとくだんの幼馴染に手紙を送るばかりで、アロイスには一度だって相談しないのだから面白くない。


 ここ二週間ほどだって、上手く隠してはいたが、ジークハルトの顔色は見るものが見れば最悪だと分かるものだった。


 アロイスは一度だけ、遠目にジークハルトが二人同時に存在している瞬間を目撃していたので、また何かに巻き込まれているんだろうと察してはいたのだ。

 だが、今回も友が自分を頼って来ることはなく。

 次第に疲弊していくジークハルトが「新学期になれば、ニコラが…………」と呟いているのを、見て見ぬ振りしか出来なかったのだ。


 そんな、不可思議な現象に巻き込まれる親友が絶大な信頼をおいている、幼馴染の子爵令嬢。




 今日のジークハルトの回復した顔色を見るに、おそらく本当に、入学式典その日のうちに彼女が解決してしまったのだろう。

 彼女に興味を持つなという方が難しかった。そして単純に自分だけ仲間はずれというのが気に食わない。


 そんな感情から深く踏み込んでみれば、受けたのは明確な拒絶だった。

 それまでの当たり障りのない受け答えとは質の違う、確固たる拒絶。




 去っていくニコラの背中を見送ってから、アロイスは肩を竦めた。


「あらら。どうやら機嫌損ねちゃったみたいだね、悪いことしたかな?」


 ニコラはあれで存外苛烈なところあるからね、とジークハルトは下がり眉で笑った。

 それから、ジト目になって窘めてくる。


「でも、君も悪いよ。ニコラが言う通り、知らない方がいいことはあるんだから。アロイスが相手でも、いや君だからこそ、私は知って欲しくないかな」


 アロイスは肩を竦めて、すっかり冷めてしまった紅茶をあおる。


 ジークハルトが己を頼らないのは、おそらく本気でアロイスのことを思ってのこと。それが分からないほど子どもでも愚かでもない。


 だが、どうにも釈然としないのはどうしようもなかった。



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