俺みたいなウジ
……「生ける屍」とは、誰の言葉だったか。俺にはよく分からないが、それはまさに、俺自身を形容していると言っても過言ではなかった。
「……」
最早、言葉を発することすら億劫だ。ゴミにまみれた部屋の中で、俺は天井のシミを見つめていた。そうすることしか、俺にはできなかった。
「あ……」
――クスリが切れてくると、堰を切ったような不安が、俺の脳内を覆いつくす。何もできない、何もしたくない。クスリがないと、やっていられない。
「どう……、して……」
全ての喜怒哀楽が、俺の感情を支配する。クスリは、もうない。買えなかった。金がない、金がないんだ……。
「ああぁっ……!」
……いつからだ? いつから、俺はおかしくなった? 職場でいじめられてからか? それとも、心を病み始めてからか――?
「あ、はぁっ……!」
――いや、俺は最初から、おかしかったんだ。生まれたときから、今の今まで、どうしようもない最低なクズだったんだ。
「は……」
辛い、痛い、怖い。俺しかいないはずなのに、誰かが俺を笑っている。部屋の隅から這い出るウジが、俺のことを嘲笑っている――!
「やあ」
――掻きむしった俺の頭に、誰かがぽんと手を置いた。俺の髪を優しく撫でて、甘い声で語り掛けてくる。
「久しぶりだね、かなめくん。こんな部屋の隅にうずくまって、どうしたんだい?」
……誰だ、こいつは。黄色い目で俺を覗き込む、こいつは誰だ?
「やっぱり、俺のこと、忘れちゃった? 俺の名前、言えるかい?」
幻覚にしては、妙にリアルだ。気持ち悪い色もしてないし、おまけに何だか懐かしい。俺はそいつの顔を見ながら、判然としない頭で口を動かした。
「……鬼塚、くん」
「ふふふ、大当たり。偉いね、かなめくん」
やつはにこにこと笑いながら、俺の背中に手を回す。首元についた赤い刺し傷が、白い素肌に浮かび上がっていた。
「ねぇ、かなめくん。今日は二月三日、節分の日だよ。だから、俺と一緒に、豆まきしようよ。俺が鬼で、君が人間」
俺の背中をさすりながら、やつは穏やかに言葉を紡ぐ。久々の温かさに、俺は密かに涙を零した。
「それとも、かなめくんは、『鬼退治』の気分かな? やりたかったら、いつでもやっていいからね。そう、あの時みたいに……」
……そいつが何を言っているのか、俺には全く分からなかった。だけど俺は、おもちゃをねだるガキみたいに、大声をあげて泣きじゃくった。
「頼む……!! 俺を……、俺を、殺してくれ……!!」
寒い、悲しい、死にたい。俺はぼろぼろ泣きながら、目の前の「鬼」に懇願した。
「幻覚でも、何でもいい……!! 頼むから、俺を、殺してくれよ……!!」
生きている意味も、何もない。誰でもいいから、俺を殺してくれ。俺はそう言いながら、やつの肩に顔を押し当てた。
「……かなめくん」
やつは俺の名前を呼ぶと、俺の瞳を覗き込んだ。……その目は凍えた湖のように、ひどい温度で冷め切っていた。
「かなめくんは、『人間』を辞めて、『鬼』になりたいのかい?」
やつの言葉を聞いて、俺は首を縦に振った。言葉の意味は分からなかったが、人間を辞めたいという思いは、紛れもない事実だった。
「鬼でも何でも、構わない……!! この地獄から、俺を、解放してくれ……!!」
……しばらくの沈黙ののち、やつは「分かった」と言った。俺を殺して鬼にすると、やつはなぞるように言った。
「これからは、君も『鬼』を名乗るといい。節分の日に、この世に現れて、人々の恨みを一身に背負うといいよ……」
やつの声を聞きながら、俺は気が遠くなった。……だが、何故か、ひどく安心した。
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