高校生の俺

 俺は小学校を卒業した後、私立の中高一貫校に通うために、電車を使うようになった。だから俺は、小学校近くの公園に行くことはなくなったし、彼のこともすっかり忘れていた。


「やあ」

 高校一年目の、風の強い放課後。いつもの電車から降りて、駅前のカフェチェーン店を曲がると、そこには彼がいた。銀色の髪を垂らしながら、俺に微笑み掛けている。

「……えっと、誰ですか?」

 俺は参考書から顔を上げ、そして小さく首をかしげた。知り合いにしては、記憶にない。小さい頃に遊んだ、近所の人か誰かだろうか。

「ははは、やだなぁ。俺のこと、忘れちゃった?」

 彼はおかしそうにクスクスと笑いながら、俺の名前を何回も呼んだ。「かなめくん、久しぶりだね」、「すっかり大きくなったね、かなめくん」と、何度もなんども。

「……もしかして、鬼塚くん?」

「そうだよ、鬼塚だよ。忘れるなんて、ひどいじゃないか」

 彼の黄色い瞳を見て、俺はようやく思い出した。小学生の頃、たった一度だけ遊んだ、謎のお兄さんだ。あれも確か、今日のような、節分の日だった。

「ちょうど、近くのスーパーに用事があったんだ。こんなところで会えるなんて、奇遇だね」

 鬼塚くんはそう言うと、半透明の買い物袋を持ち上げた。中には鬼のお面と、豆まき用の豆が入っている。

「ねぇ、かなめくん。俺と一緒に、河川敷で豆まきをしないかい? 昔みたいに、二人でさ。俺が鬼で、君が人間」

「え……」

 俺は少し視線を落として、自分の黒い髪をいじった。――素性の知れない彼と、二人っきりで豆をまいて、果たして何の意味があるのだろうか。心の中で、俺はそう思った。

「いや、いいです」

 俺が無愛想に断ると、彼は悲しそうな顔をした。その表情も、数年前から変わっていなかった。……いや、顔から体から、何から何まで、彼は全く変わっていなかった。

「……そうか。なら、仕方ないね」

 鬼塚くんは小さく笑うと、そのまま俺に背を向けた。俺は何だか申し訳なくて、彼の白い右手をそっと握った。

「あれ、かなめくん? もしかして、豆まきしたくなった?」

「いや、そうじゃないですけど……」

 ――そう言い掛けて、俺は途端にぞっとした。彼が首を傾けたときに、現れた美しい輪郭。その頬に、赤紫色の痣が浮かび上がっていたのだ。見ているだけでも痛々しい、内出血の痕が。

「ど、どうしたんですか、その怪我!?」

「ああ、これね……」

 彼は片手を頬に当て、そのまま首の方へと這わせた。マフラーの巻かれていない、寒そうな素肌。その首筋にも、何本もの刺し傷が見える。

「……俺は『鬼』だから、やられたのさ」

 ――そう言う彼の目は、氷のように冷たかった。そして、この傷の全てが、ひどく当たり前のようだった。

「かなめくんも、やりたかったらやればいい。今日は、鬼を倒せる日だからね」

 彼は俺の手を握り返して、優しくやさしく語り掛けた。……俺は背筋の凍る思いで、ばっと彼の手を振りほどく。

「やっ、止めてください!!」

 何が何だか、俺には分からなかった。底なしの気持ち悪さに襲われながら、俺は走ってその場を後にした。傷だらけの彼を、駅前に残して。


「また会おうね、かなめくん」

 ……彼は何か言っていたが、確かなことは分からなかった。しばらく経って振り向いたときには、もう駅から大分離れていた。

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