鬼塚くんは いつも鬼
中田もな
小学生のぼく
ぼくが初めて鬼塚くんと出会ったのは、寒いさむい冬の日だった。ぼくは黒いランドセルいっぱいに、図工の時間に作った「さくひん」を入れていた。
「やあ」
ぼくはいつものように、公園のブランコに座って、友だちのえーくんが来るのを待っていた。だから、知らないお兄さんに声をかけられて、ぼくは少しびっくりした。
「……だれ?」
ぼくが言うと、お兄さんはにっこりと笑った。雪みたいに真っ白な顔に、ねこみたいに黄色い目。銀色の長いかみの毛は、背中のあたりでしばっている。
「俺は鬼塚。この近くに住んでいるんだ」
お兄さんはにこにこしながら、ぼくのとなりのブランコに座った。ぼくはどうしたらいいか、よく分からなかったけど、とりあえずぎぃとブランコをこいだ。
「今日は、とても寒いね。朝、河川敷を歩いたら、霜柱が立っていたよ」
お兄さんは足をぶらぶらさせながら、赤いマフラーを結び直した。そして、ぼくの黒い目をじっと見て、ぼくの名前を知りたがった。
「君の名前も、教えてほしいな。俺と、友だちになってほしい」
――知らない人や怪しい人に、名前を教えてはいけません。ぼくは先生に言われたことを、頭の中に思い浮かべた。お兄さんは知らない人だから、名前を教えちゃいけないんだよね?
「先生に言われたから、だめ。知らない人に、名前を教えちゃいけないって」
ぼくがそう答えると、お兄さんは苦笑いを浮かべた。僕の頭をくしゃくしゃっとなでて、優しくやさしくぼくに言う。
「俺は鬼塚だって、言っただろ? 名前を知ってしまえば、知らない人じゃない」
……そう言われると、たしかにそんな気がする。お兄さんは「鬼塚くん」だから、ぼくの知らない人じゃない。ぼくは考え直して、「鬼塚くん」と名前を呼んだ。
「ぼくは遠藤かなめ」
「かなめくん、いい名前だね。かなめくんは、小学生かな?」
「うん。あそこの小学校に、通ってるの」
ぼくは道路の奥を指さして、鬼塚くんに学校の場所を教えてあげた。鬼塚くんはにこにこしながら、ぼくの話を聞いていた。
「小学校は、楽しいかい?」
「うん。友だちと一緒に、おにごっこをしたり、ゲームの話をしたりするよ。今日も、えーくんと一緒に、おにのお面を作ったんだ」
ぼくはランドセルのフタを開けて、図工の「さくひん」を取りだした。クレヨンで真っ赤にぬったおにのお面と、ダンボールで作ったかっこいいこんぼうだ。
「へぇ、上手いじゃないか」
鬼塚くんにほめられて、ぼくはとってもうれしくなった。鬼塚くんは、ぼくとえーくんのうでを、よく分かっている。
「先生がね、今日は『節分の日』だから、おにのお面を作りましょうって。おうちに持って帰って、楽しく豆まきしましょうって言ってた」
「へぇ……」
鬼塚くんはつぶやいて、ブランコから立ち上がった。ぼくの顔をじっと見て、優しくやさしく目を細める。
「……かなめくん。俺と一緒に、『豆まき』しようか」
「えっ?」
ぼくのお面を手に取って、鬼塚くんはぼくを誘う。赤おにのお面をすっぽりかぶると、鬼塚くんは「おに」になった。
「俺は『鬼塚』だから、ずっと前から鬼をやっているんだ。節分の日を迎えると、俺は必ず鬼になる」
そう言うと、鬼塚くんはうでを振り上げて、怖いおにのポーズをする。ぼくは何だか楽しくなって、ブランコからぴょんと飛び降りた。
「やーい、やーい! 『悪いおに』め、早く出て行けー!」
鬼塚くんは「ははは」と笑うと、コートのポケットからお菓子の豆を取りだした。スーパーでよく見かける、ふつうの豆だ。
「ほら、この豆を使うといい。早くしないと、悪い鬼に憑りつかれるぞ」
ぼくは豆をひったくると、鬼塚くん目がけて「えい」と投げた。鬼塚くんの長いかみに、鬼塚くんの長い足に、小さな豆がぽこぽこと当たる。
「うわー! や、止めてくれー!」
鬼塚くんがすべり台のかげに隠れると、ぼくは追いかけて行って豆を投げる。鬼塚くんがジャングルジムのてっぺんに登ると、ぼくは玉入れのように豆を投げた。
「『悪いおに』め、これでもくらえー!」
ぼくはもう上機嫌になって、おにが使うはずのこんぼうを持って、鬼塚くんの頭をぼこぼこと叩いた。鬼塚くんは「あはは」と笑いながら、ぼくの攻撃を全部受けた。
「あー、楽しかった!」
しばらく遊んで、豆もなくなると、ぼくは芝生の上にごろんと寝転んだ。青いあおい空の中を、白いしろい雲が泳いでいる。
「楽しんでもらえて、良かったよ」
鬼塚くんはお面を取って、優しくにこにことほほ笑んでいる。ぼくは初めて会った鬼塚くんと、もっともっと遊びたくなった。
「ねぇねぇ、鬼塚くん! 次は、レンジャーごっこをして遊ぼうよ!」
……ぼくがそう言うと、鬼塚くんは首を振った。その目は何だか悲しそうで、どこか遠くを見ているようだった。
「ごめんね、かなめくん。俺はもう、行かなくちゃいけないんだ」
鬼塚くんはぼくの頭をなでると、もう一度、「ごめんね」と言った。そして、「また会おうね」と言った。
「おーい! かなめー!」
――えーくんが公園に来た頃には、鬼塚くんはどこにもいなくなっていた。ぼくがまいた豆だけが、公園に住みつくはとに食われていた。
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