告白してきたヤンデレ娘は案外初心なチョロインでした
白波ハクア
告白してきたヤンデレ娘は案外初心なチョロインでした
「先輩。お弁当作ってきました! 一緒に食べましょう♡」
鮮やかな薄金色の髪を揺らし、猫撫で声で可愛らしいお弁当を差し出される。
しかも、計算され尽くした顔の角度とお互いの距離感だ。身長差でちょっと下を見れば彼女の胸元から黒色の布地がチラリと覗く。…………うむ。
思春期の男なら誰もが一度は憧れたシチュエーションだろう。
実際、これを教室でやられたもんだから騒ぎたがりの女子は色めき立ち、孤独を背負う男どもからは怨念がこもった視線を注がれる。
かく言う俺も、このようなシチュエーションには憧れていた。
だから、嬉しいに決まっている。
ただ、一つだけ問題があるとするなら、それは────
「えっと、君は……誰だ?」
俺と彼女は『初対面』だということだ。
「あ、そうでした! いつも先輩のことを見ていたので、初めて話すとは思えなくて、えへへ……」
え、なにそれ怖い。
「でも、ここで自己紹介をするのもアレなので、ひとまず場所を移しませんか?」
「……あ、ああ」
さりげなく手を引かれる。
嬉しそうに表情を和らげ、こちらを振り向く動作にドキッとした束の間、彼女の口から「……やっと、触れられた」と呟かれたのを俺は聞き逃さなかった。
──胸がドキドキする。
ついでに手足の震えも止まらない。
この感情は何なのだろう。
……本当に、何なのだろう。
「さぁ着きましたよ。先輩っ♡」
まだ現状を理解しきれていない俺が連れてこられたのは、学校の屋上だ。
俺の記憶が正しければ、屋上は生徒の立ち入りが禁止されていたはずなんだが、扉に掛けてあったはずの鍵はどこにも見当たらず、階段近くのゴミ箱には金色に輝く粉末が無造作に捨てられていた。
…………うん。細かいことを気にしたら負けだな!
「ここなら誰にも邪魔されません。……ですよね、先輩?」
「あ、ああ、そうだな。誰も来ないだろうな」
「うふふっ、本当はもう少し準備を整えてからと思っていたんですけど、我慢できなくなっちゃいました」
「…………準備?」
「でも、今日だってすっごく勇気を出したんですからねっ! 先輩が家を出た時から、いつ話しかけようかなって、ずっと見ていて……結局、お昼休みになっちゃいました」
「…………ずっと?」
こうして話している間も、彼女は手を離そうとしない。
むしろ、俺の手の感触を楽しむように両手を使ってスリスリしたり、穴があくほど見つめてきたり。とにかく怪しい挙動になりつつある。
「そ、それはそうと! 君は誰なんだ? 俺たち初対面、なんだよな……?」
「はい! そうです! では自己紹介しますね!」
そう言って彼女はかしこまる。
「一年生の
「ああ、よろしく花蓮さん。……えっと、俺は」
「もー先輩ったら呼び捨てでいいのに……。それと、先輩の自己紹介はなくても大丈夫です。すでに全部知ってますので!」
え、なにそれ怖い。
「全部、って……?」
「それは言葉通りです。名前は
「わーわー! それ以上は危ない! というかやめて!?」
他人に、しかも女の子にオカズを把握されているとか想像以上に恥ずかしいな!
いや、それ以外のことも「何で知ってんの!?」って聞きたいが、聞いたら聞いたでもっと怖くなる気がする!
「先輩ったら、恥ずかしがっちゃって……かわいい♡」
あ、何だろう。
今すっごくゾワってした。
「それって、もしかして私のことを意識し始めているってことですか!?」
「うーん。半分正解で半分不正解だな。……ってか、何で心の声聞こえたの? 声に出てた?」
「先輩の考えていることなら何でもわかります! これが愛の力です!」
「あ、うん。すごいとは思うが、自信満々に言うのやめような? 色々と飛ばしすぎだから。俺たちまだ出会って数分だぞ?」
「大丈夫です。これから何度も会うことになるんですから、少しずつ慣れていきましょ?」
何度も会うつもりなのか? とは言わない。
それを聞いたら最後、めちゃくちゃ元気に「はいっ!」って答えられそうだから。
この子の考えていることが手に取るようにわかる。
……これが『愛の力』ってやつか。なるほどよくわからん。
「あ、お弁当! 早く食べないと休み時間終わっちゃいますよ!」
「そういえば作ってくれたんだったか……」
「はい! 先輩に喜んでほしくて、ちゃんと好みの物を沢山入れました!」
開かれたお弁当箱。
まず目に入ったのが大好物のオムライスの上に、デカデカと主張してくる『愛してる♡』という四文字の甘い言葉。
だが、問題があるとすれば愛の言葉だけで、他のおかずは思っていたよりも普通だった。
もう一つのお弁当には「弁当のおかずと言ったらこれ!」と真っ先に思い浮かぶ人気者のミートボールやだし巻き玉子が綺麗に揃えられ、所々に緑色を揃えることでバランス良く栄養が取れるようになっている。
(愛してるの言葉さえなければ)完璧なお弁当が、そこにあった。
「どう、ですか……? は、初めて作ったお弁当なので、あ、あまり綺麗じゃないとは思うんですけど……で、でもっ、味は保証しますよ! まだ変な物も入れていないので!」
「ってことは、いつかは入れるつもりなのか?」
「それは勿論! 先輩が私の一部を食べることで、私と先輩が一つになれるって思うと、興奮して夜も眠れなくて、えへへ────あ、ちゃんとバレないように細かく刻んで入れるので、先輩は何も心配しなくて大丈夫ですよ!」
「余計に心配になったわ! すごく美味しそうなお弁当だったから感動してたのに、全部台無しだよ!」
「えっ! ほ、本当ですか!?」
と、花蓮さんは突然食い気味に身を寄せてきた。
お弁当箱を持っていたために反応が遅れてしまい、彼女は俺の右腕をがっしりと抱きしめ、興奮したような目つきで先程の発言を問い詰めてくる。
「本当に、美味しそうだと思ってくれましたか!? お世辞とかではなく!?」
「……あ、ああ……ちゃんと俺の好物が入っているし、バランスも良くて、正直……初めて作ったとは思えないぞ。嘘じゃない」
味も……うん。めちゃくちゃ美味い。
オムライスの味付けは完璧だし、卵は時間が経っているから少し硬いが、それでも十分美味いと思う。ちゃんと心を込めて作ってくれているんだなってわかる味だ。
「本当に美味しいよ。これなら毎日食べたいくらいだ」
「ま、まいにち……! 今、毎日って言いましたか!?」
「ああ。もちろん、変なものが入っていないことが前提条件だからな」
とは言ったものの、本当に美味しいな。
今になって思い返してみれば、手作り弁当は小学生の頃に母さんが作ってくれたのが最後だったな。だから若干の懐かしさも相まって、余計に美味しく思えるんだろう。
しかも、今回は俺の好物ばかりだからか、箸が止まらない。
誰かの手作りってのは、こんなに美味しかったんだな……。
そんな喜びを噛み締めているうちに、気がつけば弁当の中身は空になっていた。
「ふぅ、ごちそうさま。すごく美味しかったよ」
「……あ、ありがとうございましゅ……!」
「いやいや、お礼を言うのは俺のほうだっての。……ありがとな」
「そ、そうですか? ……うん。そっかぁ……あ、あはは……何だか、恥ずかしいですね」
花蓮さんはそう呟き、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「………………」
「? 先輩? 急にこっちを見つめて、どうしました? ……あ、あの、そんなに見つめられると流石に恥ずかしいと言いますか、それ以上は私のラプ容量が限界を迎えると言いますか……せ、先輩!?」
「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「え……? は、はいっ! 一つだけと言わずいくらでもどうぞ!」
褒められて気分がいいのか、花蓮さんは満面の笑みでそう答える。
……それじゃあ遠慮なく質問させてもらおう。
「花蓮さんは俺のどこを好きになったんだ?」
「……へっ?」
「だから、俺を好きになった理由だよ。花蓮さんとは初対面のはずだし、どうして惚れられたのかわからなくてさ。教えてくれないか?」
「え、えぇ!? 今それを聞くんですか!? 私に!?」
「むしろ、そういうのって先に言うものだと思うぞ」
「それ、は……そうですけど……! でも恥ずかしいんです!」
「なんだ。意外と純粋なんだな」
「〜〜〜〜ッッッ!」
初対面の相手に弁当を作ってきて、色々と危ないことを口走っていた割には、本当に初心な反応を見せてくれる。
特に、耳まで真っ赤にして羞恥に震える姿には、不覚にもドキッとしてしまった。
「……、…………です……」
「ん? なんだって?」
「道を教えてくれたからですっ!」
…………ん?
「わ、私が入学したばかりの時、移動教室でクラスメイトとはぐれちゃって……困っていたところに先輩が優しく道を教えてくれたんです! その時から先輩のことばかり考えちゃって、つまりは好きになったんですよこれで満足ですか!?」
叫ぶように告白され、今度は俺が戸惑ってしまった。
「え、初対面じゃなかったのか!?」
「そうですよぅ! でも、先輩は全然気付いてくれないし……そりゃぁ、先輩の好みのタイプになろうって努力して、見た目もガラッと変わりましたけど! それでも、ちょっとくらい勘付いてくれるかなって期待もしていたんです!」
「あー、うん……それはすまん。本当に」
言われてみれば、春くらいにそんなことがあった。
意識すればするほど、その時の光景がはっきりと思い浮かんでくる。
たしかその日は、自販機でジュースを買いに行こうとしていた。
そして教室から自販機までの途中の渡り廊下から、挙動不審にその場を右往左往する女子高生を見つけた。
傍目から見ればあまりにも動きが怪しくて、一瞬見なかったふりをして立ち去ろうかと思ったが……今にも泣きそうなその子の目を見てしまって、気がつけば声を掛けていたんだ。
俺の記憶が正しければ、その子の見た目はとても平凡だった。
人付き合いが苦手だったのか会話の最中はずっと下を見ていて、ボソボソと声も小さくて聞き取りづらく、若干暗い雰囲気が漂う女子生徒だったはずだ。
その子と目の前にいる子が同一人物だなんて、真実を知った今でも信じられないな。
「私、それまでは誰とも話したことがなくて。でも、先輩と沢山お話できるようにならなきゃって思って、勇気を出してクラスメイトの人と仲良くなったり、お化粧とか色々教えてもらったりしたんです」
「そんなに一生懸命、俺のために……?」
「はいっ! あの日から私は先輩だけを見ていました。先輩のためだけに自分を磨いてきました! もはや私は先輩の一部なんです! 一心同体です!」
「いや、それは意味わからん」
「はうっっっ!」
バッサリ切ると、花蓮さんは胸を押さえて悶え始めた。
それを横目でスルーしつつ、俺は今まで適当に流していた彼女の思いを、改めて再確認することにした。
それは数秒という短い時間だったのかもしれない。
だが、俺にとっては途轍もなく長い時間だったように感じられた。
これだけ本気で向き合わされたんだ。それを適当に答えてしまったら、目の前で悶え苦しんでいる『恋する乙女』に申し訳ないだろう。
彼女に伝えてもらった気持ちを理解しようと頭をフル回転させる。
花蓮さんと初めて……ではないんだったな。教室で会った時から、この時間まで。全てのことを思い返し、俺が出した答えは至極簡単なものだった。
「可愛いな、お前」
「ぶふぅぉぁぃぇっ!?」
あちらもあちらで長い時間を掛けようやく復帰したみたいだが、俺が話し出す時にはタイミング悪く口にお茶を含んでいた。
落ち着いたと思った矢先に、俺からの返事だ。
それは驚いただろうな。激しく咳き込み、咳き込みすぎて涙も鼻水もすごいことになりながら再び苦しそうに悶え、もはや女の子が見せるべきではない絵面が出来つつあったが────うん。彼女のためにも、これは見なかったことにしよう。
……それにしても、面白い反応だったな。
一瞬で全種類の母音が聞こえたのは、これが初めてだ。
「せ、先輩が私のことをかわ、可愛い、かわいい!?」
「ああ、可愛いな。すごく可愛いと思うぞ」
「へっ!?」
「今まで恥ずかしくて言いづらかったんだが、俺の好みを調べただけあってぶっちゃけドストライクだ」
「ひぇ!?!??!?」
「どうやって情報を手に入れたかどうかは置いておいて、好きな相手の好みに近づこうと努力する女の子は健気に見えるし、俺は好印象に思えたな」
「ホァァァ!」
「あ、あと」
「まだあるんですか!?」
「たまに見せる笑顔もすっごく可愛いぞ」
グッと親指を立てて頷けば、花蓮さんは石のように動かなくなった。
だが、それもすぐに解除され、少しずつ、本当に少しずつだが、彼女の体は微振動を繰り返す。
そして、
「ふにゃぁぁぁぁああああああああッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
花蓮さんの奇妙な雄叫び声が、屋上の空に放たれる。
「あ、あわわ……! そういう反応は予想していなくて、えっと、それってつまり、結婚してくれるってことですか!?」
「いやどうしてそうなる! 可愛いって言っただけで、あまりにも飛躍しすぎだろ!」
「簡単に女の子に可愛いって言うほうがどうかと思います!」
ヤバい子に正論をぶつけられてしまった。
だが、俺が誰彼構わず容姿を褒める男だと思ったら大間違いだ。
誰かのことを馬鹿正直に「可愛い」と言ったのは、今日が初めてだ。
勢いに任せて言ってしまった感は否めないが、彼女のことが可愛いと思ってしまったのだから仕方ない。
だって、そうだろう?
少しでも俺に好かれようと見た目を変えて、人見知りも必死に直そうと努力もして、さらには美味しいお弁当まで作ってくれる。
ちょっと危ない雰囲気の子とは言え、俺のことを真正面から好きだと言ってくれて、俺のためにここまで尽くしてくれる彼女のことを、どうして嫌いになれるだろうか。
「そ、そりゃあ先輩の好きなタイプになろうって頑張ってきたけど、頑張ったけど! でも急に、わたしのこと、可愛いってうわわわわ! ぜんぜん心の準備ができないよぉ! ああどうしよう、あんなこと言われたら! 言われたら、もっと好きに──いやダメダメ。これ以上好きになったら、好きになったら、わたし…………」
「お、おい? 花蓮さん……?」
俺から離れて何かをぶつぶつ言い始めたと思えば、同じような言葉ばかりを繰り返している。
あえて触れないほうが身のためかとしばらく様子を見ていたが、頭を抱えて体をくねくねし始めたところで流石に心配になった俺は、恐る恐る彼女の背中に声を掛ける。
すると、途端に彼女は弾かれたように立ち上がり、
「孕んじゃうぅううううううう!!!!!!」
走り出した。
「いや急に何言ってんの!?」
我慢ならず叫ぶ。
女の子が気軽に口にしていいものではない言葉が飛び出した──が、花蓮さんはそれを気にする余裕もないのか顔を両手で覆ったまま真横を通り抜け、屋上の扉から出て行ってしまった。
「えぇ……?」
手を伸ばした状態のまま、ポツンと一人取り残された──俺。
弁当や彼女の私物は置き去りのまま。きっとすぐに戻ってくるだろうと思い彼女の帰還を待ってみたが、いつになっても屋上に自分以外の人影が現れることはなく、遂には昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴ったのだった。
◆◇◆
「おい柏木。お前の彼女さんが来てるぞ〜」
それから数日後。
俺は普段の日常に戻り、昼は食堂で済ませるかーとぼんやり考えていたところに、クラスメイトの男子がニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべながら近寄ってきた。
「はぁ? なんだそれ。俺に彼女なん、て……」
と、そこで凄まじい視線を感じた。
俺の隙を伺い、今か今かとチャンスを狙う肉食動物の殺気にも似た感覚。
一体誰が俺のことを!? と慌てて辺りを見渡せば、教室の外から顔の半分だけを出して、こちらをガン見する女子生徒と目が合った。
────花蓮さんだ。
「なにやってんの?」
「ふぇ!? せ、先輩こそ何を!?」
「いや、ここ俺の教室だから」
どうやら、まだ先日の件が抜け切っていないようだ。
すぐに顔を赤く染め、だがそれを見られるのが恥ずかしいのか、下を向いてモジモジしている。
以前の勢いは何処へやら、だ。
「とりあえず、周りの目が邪魔だし移動するか?」
「あっ! は、はい!」
場所はどこにしよう。
……前回と同じ屋上でいいか。
「あの、先輩っ!」
「……ん? どうした?」
袖を掴まれる。
立ち止まって振り向くと、黒色の布に包まれた箱が視界いっぱいに広がった。
「お弁当! きょ、今日も作ってきました!」
その後、俺たちは正式にお付き合いすることになった。
自分でも「チョロすぎるだろ笑」と思うところはあるが、花蓮の勢いとたまに見せる健気さに負けてしまったことは認めよう。
だが、結果的にそれで良かったんだ。
俺のことを思い過ぎるあまり、少し……というか、かなり行き過ぎた行動を取る時はあるが、それは好きだという気持ちの表れだと信じている。
そう思うと、ほら……可愛い奴だと思うだろ?
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