果てのカナタの異世界
@hanataoruswkt
第1話 発端
コノール地方のオ・コノーミ焼きの歴史は深い。
美食研究者によると、オ・コーミ焼きはかの勇者ヨシハルが故郷から持ち込んだものだという。
王国最北端の内陸に位置するコノール地方は100年前、晴天に恵まれず記録的な冷夏に襲われた。
長雨による堤防決壊による大水害も発生し、作物や家畜がすべて失われた。途方に暮れるコノール地方の声を聴き、ヨシハルはコノール地方を訪れた。
王国中からかき集めてきた小麦と卵を水でこねて平らに伸ばし、冒険の仲間たちと昼夜問わず石窯で焼き続けた。ヨシハルはそれに砂糖と醤油という、これもまた彼が故郷で愛したものを混ぜたソースをつけて、コノール地方の人々に分け与えた。
ヨシハルは「故郷でよく食べたものとは違うけど」と本当のレシピをコノール地方の人々に教えながら、苦笑いをしていたという。これがオ・コノーミ焼きのはじまりである。
大水害からの復興を果たしたコノール地方の人々は、ヨシハルの恩義を忘れまいとヨシハルが亡くなったあとも、彼を偲ぶようにオ・コノーミ焼きを作り続けた。
そのうちヨシハルの遺したレシピは様々な変貌を遂げた。ソースに工夫を凝らしたもの、ドラゴンの肉をサイコロステーキにして乗せたもの、わざわざ遠い海にまで出向き大粒のエビを生地に混ぜ合わせたものなど、コノール地方の人々のオ・コノーミ焼きに対する熱意はすさまじかった。
それはコノール地方以外の王国すべての食通たちをうならせ、新たなレシピを探求する料理人たちがコノール地方に集まるようになった。
勇者ヨシハル逝去から100年。今やコノール地方はオ・コノーミ焼き発祥の地とされ、様々なオ・コノーミ焼きの看板とともに冒険者のためのギルドや高級ホテルが立ち並ぶ地方都市となっている。
「た、足りない…」
だから、だ。
ジャンヌはオ・コーミをコノール地方で食べるのをとても楽しみにしていたのだ。王宮隣接の食堂でオ・コーミ焼きを食べたその日から、いつかコノール地方に行った時には、地元のオ・コノーミを食べたいと切望していた。今日、縁あってコノール地方を訪れることになったときは泣きそうになったくらいだ。
「4ダーク…足りない…えええ…」
ジャンヌは顔を覆った。そう、旅費を使いすぎてしまったのである。コノール地方は北方の僻地で王都から遠い場所にある。やっとコノールについたと思ったら小銭は全く入っていない状況だった。
「どうしたんだね、お嬢ちゃん。お金足りないのかね」
屋台の店主が心配そうにジャンヌに声をかけてきた。ジャンヌはしぶしぶ財布をしまう。
「うう…ごめんなさい…コノールは王宮から遠いもんだから…あと一応男ですボク」
「おっとお兄さんだったかすまないね。と、いうより王都から来たのかい?そりゃあわざわざ遠いとこまでご苦労さんだ」
「ええ、どうしてもこれが食べたかったのと、ちょっと用事があったので」
ジャンヌはにぱっと笑った。肩にかけていた大きな荷物と細身の剣をおろし、屋台のベンチに腰掛ける。
するとジャンヌの目の前にオ・コーミ焼きが差し出された。漂うソースとほのかな鰹節や海産の香り。ジャンヌが求めてきたオ・コノーミ焼きだ。
「えっこれ…」
「王都からわざわざ来てくれたお客さんを無下にするわけにはいかないよ」
「いや、いやいやいや!お代は!?」
「お代は結構さ。王国にコノールのオ・コノーミ焼きはうまかったって言ってくれたらいいよ」
「お、おじさん…!」
ジャンヌは目を潤ませ、フォークをつかむとオ・コノーミ焼きを一口食べた。シャキシャキのネギ、歯ごたえ十分のエビやイカの魚介。口いっぱいに広がるとろとろの生地と店主こだわりであろうソースの絶妙なマリアージュ…!
「おじさんおいしい!美味い!ありがとう!やっぱりコノールのオ・コノーミ焼きが王国イチだよ〜!!ボクマジで感無量!」
ジャンヌは親指を立てて喜んだ。店主はニコニコ笑いながらジャンヌがオ・コノーミ焼きを口に運ぶのを見ている。
「へっへへ…そうかい。王国の人にそう言ってもらえたらうれしいよ」
「王都から来たかいがあったよ。ありがとねおじさん!」
オ・コノーミ焼きに舌鼓を打ちつつ、ジャンヌは目の前に広がるコノールの少し開放的でのどかな風景に目を細める。
昔の石づくりを残した通りには、活気のあるギルド所属の商店や、露店が広がり、下品な冗談をとばしながら昼間から飲んだくれる冒険者たちであふれていた。所せましと並べられたオ・コノーミ焼きカフェのテーブルには美味しいものを食べながら笑いあうコノールの人々。
ジャンヌは王都のことを思い出し、胸が少し締め付けられた。
「平和だなぁ……」
ジャンヌはぽつりと呟く。
「ああ、僻地のコノールが豊かなのは、これもヨシハル様の尽力と国王陛下の采配あってこそだな」
「うん、そうだね…」
ショハルシニアもコノールみたいだったら良かったのに。
ジャンヌは顔を伏せた。
「知らない」ということは時に救いであり、幸いである。
ジャンヌの生まれ故郷、王都ショハルシニア。
ここは100年前、異世界より召喚された勇者ヨシハルが彼を召喚した女神「ハスファティア」そして勇敢な仲間たちとともに命を懸けて守った場所である。
100年前、ジャンヌの生まれ故郷は「ルシュタル」という名前の小さな都市であった。王国は隣国と長きにわたる戦争を繰り返しており、王が討ち取られ、滅亡寸前であった。それを哀れんだハスファティアが、異世界より王国を救う勇者を召喚した。それが勇者ヨシハルであった。
ヨシハルはハスファティアとともに、モノガタリのような長い長い冒険と戦いを繰り広げ、隣国を滅ぼし、王都の復興を見届け…そして死んでいった。
「ショハルシニア」という名前もヨシハルの功績を偲んで改められた名前である。功績を認められたヨシハルの血脈は、奇跡的に生き残った王族の中にも生き続けている。
そんな異世界の勇者と女神が愛した王国の名は「ルケドルニア」…緑豊かな美しい平和な国。
しかし、いま、王国は静かに狂気の道を歩み破滅へ向かおうとしている。
風の音……いや、それがどんどん大きくなっている。
「見ろ!なんか飛んできたぞ!」
誰かが叫んだ。
まるで黒い塊のようなはっきりと見えた。数十匹はいるだろうか。それは武装した人を背に乗せたドラゴンの大群だった。
先頭を飛ぶ騎手が掲げた旗に描かれたマークはルケドルニアの民なら誰もが知っている。
「あっ……あれはショハルシニアの騎龍部隊!?」
ドラゴンの部隊は急降下し、道の中央に降り立った。
風圧で屋台のテントや商品が吹き飛ばされる。ドラゴンが勢いよく降りたせいでレンガ作りの道が弾け飛び、通りに男女の悲鳴が響いた。
「おい!なんで近衛兵がこんな僻地にくるんだよ!?」
「おじさん!みんな!離れて!ここは危険だ!」
ジャンヌは剣を抜き、騎龍部隊から人々を守るように前に立つ。
暴風が収まり翼を畳んだドラゴンから武装した兵士たちが飛び降り、ジャンヌを取り囲んだ。
「探しましたよ。ジャンヌ・ジャック王都隊特別隊長」
穏やかなテノールの声がジャンヌの名を撫でる。
「……その、声は」
兵士たちの後ろから美しい顔の青年が現れた。その顔が歪み面倒くさそうに、忌々しくジャンヌを睨め付ける。
この青年をジャンヌは知っている。
べーヌルイ・オーディコール王国騎馬隊隊長。王国いちの秀才にして、ジャンヌの「元」教え子だった。
「ベティ……よりによって君か…!」
「いかにも。このような形で師である貴方と数十年ぶりの再会を果たすとは私自身非常に残念です……我が師よ」
ベティは憎しみをジャンヌに向けて発散するがごとく声を絞り出し、細身の剣を彼に向かって突きつけた。
「ジャンヌ・ジャック!貴方を反逆罪で連行する!大人しくお縄につかれよ!」
果てのカナタの異世界 @hanataoruswkt
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