第30話 宴の夜の夢②

 俺が素っ頓狂な声を上げたからだろう。ラヴィがあたふたと補足する。

「いや、だって、今日のボスバトルであたしが皆に向かって叫んだ時……お前だけがなにも答えてくれなかったじゃないか」

 ラヴィはそう長いまつ毛を切なげに伏せる。


『あたしはみんなのことが大好きだから』


 そこまでヒントを貰ってようやく「ああ」と思い至る。確かにエドとルルはラヴィに『大好きだ』と答えていた。そして、あれは俺も大好きだと叫ぶ流れだった。

 どうやら俺がアンサーしなかったことでラヴィを不安にさせてしまったらしい。

「できれば今この場でジュノンの気持ちを聞かせて欲しい」

 決まってる。俺も三人のことは好きだ。


「まあ、大切な仲間かな……?」

 

 我ながら煮え切らない答えである。ラヴィが「……は?」とさっきの俺と同じ怪訝な反応を示している。

 いや、頭では分かってる。素直な気持ちを彼女に告げれば丸く収まると。だが、悲しいかな俺はなんのてらいもなく『好きだ』と言える純粋な少年ではない。

 本質的には人生に打ちのめされたなのだ。転生して十五年経ってもなお、前世で味わったトラウマの数々に身も心も縛り付けられている哀れなサラリーマンなのだ。 

 そんな俺の逃げ腰な本性を見透かされたらしい。まさに鬼の形相で彼女が詰め寄ってきてドンと両手で背後の壁を叩く。人生初の壁ドンがまさかされるほうとは予想外である。


「どうして濁す! しょせんは退学を回避するためだけの腰掛けパーティーだったということか! お前にとってあたしの存在はその程度か!」


「違う! そんな風に思っちゃいない!」

「だったら! ちゃんと言葉にしてくれ! 目を見て言ってくれ!」

 彼女は青い瞳を潤ませる。ラヴィを悲しませるつもりはない。だが、どうしても言葉が喉から先へと進まない。気まずさに負けて俺は視線をラヴィから逸らす。

「……そうか。お前の気持ちは分かった」

 ラヴィは力なく漏らすと扉に向かってきびすを返す。その背中はひどく小さい。

 ダメだ。このまま帰らせてはいけない。最近ようやく前向きになってきた彼女を再び塞ぎ込ませてしまう。

 俺は咄嗟に手首を掴み彼女を引き寄せる。勢い余ってラヴィが俺の胸にぽすんと飛び込んでくる。想定外の事態に内心で慌てふためく。だが、動揺を見せては元も子もない。俺は一か八かその小さな身体を抱き締める。

 手を振り払われたらどうしよう。そんな葛藤をする暇すらなかった。すぐさまラヴィが俺の背中に両腕を絡めて来たのだ。


「これはつまり……ジュノンもと同じ気持ちだということか?」


 怯えるような囁き。さっきまでとは言葉のニュアンスが違う気がするが、迷い子のように不安そうな彼女になにも答えないという選択肢はさすがにもうない。

「ああ。俺も同じ気持ちだと思う」

 俺もパーティーのみんなのことが噓偽りなく好きだ。

「嬉しい……気持ちが通じるというのはこんなにも嬉しいものなのだな」

 ラヴィが俺の胸に顔をぐいっとうずめてくる。角の先が刺さって痛い。もちろん、男子たるもの黙って耐えるのみである。

 だがしかし、いつまでもこのまま態勢というわけにもいくまい。ラヴィが可愛すぎて思春期の理性が爆散してしまいそうなのだ。

 パーティーメンバーである彼女のことを俺はできるだけ異性として意識しないようにしている。前世の経験から職場恋愛なんぞトラブルの元でしかないとよく知っているからだ。

 俺は「さて」なんて白々しいセリフを吐きながら彼女のことを引きはがしにかかる。ところがラヴィはビクともしない。鬼族オーガのパワー恐るべしである。


 その時だった―――。


 コツンコツン。何者かによって扉がノックされる。苦情だろうか。確かに少し騒がしかったかもしれない。

(……いや、待て。そんなはずはない)

 男子寮には魔具マグによって防音効果が付与されているはずだ。すると、扉の向こう側から聞き慣れた声がする。


。私よ。10階層突破のおめでとうを言いに来たわ」


 最悪のタイミングである。俺が絶望に頭を抱えたのは言うまでもないことだった。

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