第29話 宴の夜の夢①

 飲めない酒をしこたまかっくらい、ふらふらになりながら男子寮の自室に戻った俺は気絶するみたいにベッドに倒れ込む。

 いろいろあって精も魂も尽き果てているが、今宵の泥酔はひどく心地が良かった。

 そりゃ歯止めも利かなくなるさ。


『どうせ無様に敗れる姿を観てやろうという趣味の悪い関心だろうよ』


 そうやさぐれていたら、行きつけの大衆食堂に入るなり「お前たちよくやった!」と客たちが満場の拍手で出迎えてくれたのだ。さらにお祝いだと元冒険者の店主が山盛りの揚げ物をサービスしてくれたのだ。

 店の水晶球で俺たちのボスバトルを観戦していた冒険者やら旅の商人やらさまざまな客たちも「飲め飲め」と代わる代わる俺たちのジョッキに酒を注いでいく。その好意を拒否することなどできるはずがない。

 仕方がない。明日は甘んじて二日酔いのバッドステータスに苦しむとしよう。幸いにして三日ほどダンジョンに潜る予定はない。二週間ノンストップで頑張ったのだ。しばらく休んでも罰は当たるまい。

 俺は心置きなくベッドに埋もれる。このまま明日の昼過ぎまで惰眠をむさぼる予定である。

 ところがだ。無粋な何者かによって俺の眠りは妨げられる。


 ―――コツンコツン。


 真夜中過ぎ、何者かが扉をノックする。安眠を邪魔する不快な音にふつふつと怒りが湧き上がってくる。

 こんな時間の男子寮に平然とやって来る非常識な人物など俺は一人しか知らない。俺のことをただ一人ジュジュと呼ぶピンクゴールドの小悪魔だ。

「うるせーぞ! 今、何時だと思ってんだ!」

 ダイアモンドの心臓を持つ天然娘にはこれぐらいきつく言わなければ伝わらない。

 

「す……すまいないジュノン。非常識だったな……日を改める」


 まさかの謝罪である。聞き覚えのある声に俺は驚きベッドから跳ね起きる。

「ラヴィか?」

「……ああ」

 か細い声が返ってくる。慌てて扉を開ける。

 月明かりに青白く照らされた鬼っ娘が申し訳なさそうに俯き立っている。寝巻だろうか。見慣れない薄着の彼女に鼓動が早鐘を打つ。

 だが、すぐに彼女の左耳で揺れる蒼色のピアスを目にして微笑ましい気持ちになる。健気なことにダンジョン以外でも肌身離さずピアスをつけてくれているようだ。

 俺は廊下に顔を出して周囲を確認する。真夜中に女子が訪ねて来たなどと他の男子に知れたら大変なことになる。

「よし、入れ」

 スパイでも招き入れるかのようにそそくさと促すと、ラヴィは小さく頷いて窓際に向かいベッドの端っこにちょこんと腰を下ろす。

(いや、そこに座るんかい)

 うら若き乙女がこんな真夜中に野郎のベッドに無防備に腰掛けるってのはいかがなものかと老婆心ながら心配になってしまう。

「こんな時間にどうしたんだ?」

「ふむ。それは……」

 ラヴィは口ごもる。白いむき出しの太ももの上で両手をぎゅっと結んで黙りこくる。だから俺は壁に背中を預ける。持久戦の構えだ。

 急かすつもりはない。こんな時間にわざわざ来るくらいだ。大事な話に違いない。

 徐々に頭が冴えてきたからか。不意にネガティブな考えが脳裏をよぎる。


(まさかラヴィのやつ……パーティーを抜けたいとか言い出す気じゃ……?)


 想像してテンションが急降下する。

 あり得ないとは言い切れない。俺たちは退学を回避するための急造のパーティーだ。目的を達成した今、急造パーティーに固執する必要はない。

 この世界ではパーティーの解散や移籍は珍しいことではない。アカデミーでも毎日のように『どこそこのパーティーの誰それがフリーになった』という噂が俺のような末端の学生にも巡ってくるくらいだ。

「じゅ……ジュノン! お前にどうしても確認したいことがあるのだが!」

 ラヴィが意を決した様子で口を開く。俺は思わず身構える。



「ジュノンは……このパーティーを抜ける気なんじゃないのか?」



「…………は?」

 意味が分からない。それはこっちの心配だったはずなのだが。

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