第24話 光と影

「入学した頃、不安で不安で仕方がなかった私に『俺と一緒に無限迷宮の最深部を目指そう!』って励ましてくれた! あれは嘘だったの?」

 エウレカが桃色の瞳を潤ませる。

「嘘じゃない! あの時は本気だった! だが、状況が変わったんだ。忍者ニンジャは最深部を目指せるようなご立派なジョブじゃないんだ……」

 自分で言って情けなくなってくる。


「今からでも遅くないわ! また一緒にパーティーを組みましょうジュジュ!」


「馬鹿を言え。エウレカのパーティーメンバーが忍者ニンジャの加入なんて許可するわけねーだろ」

「私がリーダーよ。誰にも文句は言わせない」

「いやいや、それ、絶対、トラブル起きるやつじゃん」

「だったら私が抜ける。それでジュジュとパーティーを組む。私がいれば10階層のボスくらい明日にでも倒せるわ」

 そう屈託のない眼差しを浮かべる彼女に俺は深いため息を零す。こいつはなにも分かっちゃいない。

「エウレカ……お前は俺にヒモになれというのか?」

「大丈夫。ジュジュ一人くらい私が養ってみせるわ」

 エウレカにはとことん悪気はない。


「俺も冒険者の端くれだ。高レベルの手を借りて階層をクリアするのはプライドが許さない」


 とっくに40階層を踏破している聖姫士クルセイダーのレベルはおそらく40を優に超えているだろう。前世のMMORPGで言うところの『パワーレベリング』のような真似はできればしたくない。これは元ゲーマーとしての矜持でもある。


「なにより世間がそれを望んじゃいない。聖女様には聖女様に相応しいパーティーを組むことを世間は望んでる。俺たちが一緒にいたいと願っても世間がそれを許しちゃくれねーんだよ」

「それだと私とジュジュは永遠にパーティーを組めないわ」

 彼女が無垢な少女の顔で漏らす。エウレカに悪気がないことは分かってる。だが、これはさすがにちょっとムカつく。

「決めつけんなよ! 未来はどうなってるかは分からないだろ?」

「本当? いつか私はまたジュジュとパーティーを組めるの?」

 一転して期待に満ちた瞳をエウレカが向けてくる。



「ああ。待ってろ。いつか必ずお前に追いついてやるから」


 

 なんの根拠も自信もない。だが、こうでも言わないとエウレカが納得しそうになかったから仕方がなくだ。

「うん。分かったわ。ならジュジュを信じて待つ」

 こういう素直なところは可愛いのである。


「納得したならもう帰れ。こんな時間の男子寮にお前がいるのがバレたら、世間の男どもからとんでもない敵視ヘイトを買うことになっちまう。敵視ヘイトを買うのは魔物だけで十分だ」

 俺は扉を開けて彼女を外に促す。突然、エウレカが憂い帯びた瞳で言う。


「ねえ、ジュジュ……私、今夜は帰りたくないわ」


 月明かりに照らされた彼女の艶っぽい表情にドキッとする。しかし、俺はすぐにそれがエウレカらしくない態度だと気づく。

「エウレカ。そのセリフ……誰に教わった?」

「ナナミがこれを言えば男はイチコロだって」

「くそ! あの不良教師め!」

 俺は髪を片手でかき混ぜると、エウレカの腕を掴んでベッドから無理やり立たせて、そのまま部屋の外へと強引に連れ出す。

「あん、もう、やめてジュジュ。乱暴にしないで。優しくして」

「やめるのはお前だ! 絶妙に股間に響くこと言うな!」

「股間に響く?」

「なんでもない! いいから帰れ!」

 俺は無理やり扉を閉める。


「ジュジュの意気地なし」


 扉の向こう側にそんな憎たらしい捨て台詞を残して嵐は去ってゆく。

「くそ、人の気も知らないで……」

 俺だって健全な15歳の肉体を持つ若者だ。相応の欲望はある。しかも、あいつは中身はアレだが見た目は美少女だ。懐かれて悪い気はしない。

 だが、ご覧の通りエウレカは俺に執着している節があり、俺のこととなると暴走する嫌いがある。

 有名人とは孤独な生き物ものらしく、気を許すのは得てして有名になる前からの利害関係に縛られない知り合いだったり家族だったりするのだ。

 要するに彼女にとって俺は好き放題わがままを言え、もとい気を許せる数少ない人間ということだ。

 そんな俺がエウレカにうっかり手でも出した日にはどうなることか。あいつはすべてを投げうって俺に下にやって来るだろう。俺はそれが怖い。


 無限の可能性を秘めている聖女様に人々は夢を見ている。彼女ならばダンジョンの最深部にたどり着けるのではと――――。

 

 個人のエゴで人々から夢を奪ってしまうことが恐ろしい。エウレカのことは嫌いじゃない。俺なんかのことを慕ってくれる相手を悪く思うはずがない。だが、今の俺には彼女を背負えるだけの度胸も甲斐性もなかった。

 俺は疲れ果てベッドにばたりと倒れ込む。


「ちくしょう! エウレカめ! めちゃくちゃいい匂いするじゃねーか!」

 

 意図的か無意識か。それともど褐色の悪魔の入れ知恵か。ピンク色の小悪魔の仕掛けていった甘い罠に俺は朝まで苦しむことになるのだった。

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