第20話 ナナミ・ナターシャ②

「他の先生はナターシャ先生のようにわたくしたちに手を差し伸べてはくださいませんでした。実力なき者はアカデミーを去れと……はっきりと言われました」

 ルルの質問はもっともだ。ナナミ・ナターシャがどのような人物か知らなければ疑問を抱いて当然だろう。

「正論よな。実力なき者がしがみ付くには冒険者稼業はあまりに過酷だからな。常に競わされ、比べられ、見定められる容赦のない世界だ」

 褐色の女教師が鋭い眼差しで俺たちの顔をぐるりと見回す。



「知っての通り無限迷宮で肉体が死ぬことはない。だが、よく覚えておくがいい――――心はあっけなく死ぬぞ?」



 俺たちの喉がごくりと鳴ったのは言うまでもない。

「実際これまで何人も潰れてゆく学生を私は目の当たりにしてきた。そうなる前に引導を渡してやるのがアカデミー教師としての重要な責務と言えるな」

「でしたら尚更です。ナターシャ先生はどうしてわたくしたちに引導を渡さず、チャンスをくださったのですか?」

 ナナミ先生は唐突に俺の肩を抱き寄せる。

「ジュノン。喜べ。私のジョブをこいつらに教える権利をやろう」

「自分で言えよ」

「言わぬのならチューをするが?」

 そうミードで濡れた唇を尖らせるので俺は間髪かんはつ入れずに告げる。


「この人のジョブは【暗殺者アサシン】だ」


 三人が驚きに目を丸くする。ナナミ先生はなぜか不満げだ。

「ふむ。あの学生たちが怯えるように去って行ったのはそういうわけか」

「要するにこの人も俺たちと同じマイナージョブなんだ。しかも、とびきり恐れられるタイプのな」

 ナナミ先生がおもむろに髪をかき上げると、尖った耳が顔を覗かせる。

「しかも私はときてる。アカデミー時代の私が周りからどういう反応をされていたのか想像に容易いだろ?」

 ナナミ先生が自嘲するように微笑む。


「そう、私もかつては落ちこぼれだった。ダークエルフの暗殺者アサシンなんて物騒な存在とパーティーを組みたがる物好きはそうそうおらんからな。だからお前たちの気持ちがよく理解できるのだ」


「教師として一部の学生を贔屓するのはどうなんだよ?」

 ナナミ先生が「贔屓上等ではないか」と俺の髪をもしゃもしゃとかき混ぜる。

「ちょ、やめろって」

「教師の前に私は一人の人間だ。特に忍者ニンジャは私の暗殺者アサシンとアビの傾向が似ているマイナージョブだ。ジュノンのことは入学当初から気にかけていた」


 経験則だろう。この人は俺が世界で唯一のジョブとしてまだちやほやされていた時から『少年よ。この状況は長くは続かんぞ。覚悟しておけ』と忍者ニンジャが落ちこぼれる未来を予見していた。


「あとジュノンはからかうと反応が面白い。だから気に入っている」

「うん。それは確かに」

「あ、分かります」

「ふむ。ジュノンの反応は面白いな」

「いや、否定しろよ! 不良教師に共感してじゃねーよ!」

 不満を露にする俺のことをみんなが笑う。

(くそ、これが一番年下のさだめか。俺がいじられることでパーティーの雰囲気が良くなるのなら、この末っ子ポジを甘んじて受け入れるべきなのか……)

 俺の苦悩を知る由もないみんなは今日一番の笑顔を浮かべている。

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