第18話 酒と喧嘩と褐色と

 2階の購買部で必需品を揃えて冒険者ギルドの外に出ると、世界はすっかり夜のとばりに包まれていた。

 街灯に照らされたメインストリートを俺たちはアカデミーの宿舎へと進む。

 宿舎が近づくにつれ皆の口数は少なくなってゆく。俺の勘違いじゃなければ、皆がこのまま別れてしまうことに名残惜しさを感じているからだろう。

 ならばリーダーとして提案せねばなるまい。


「良かったらだけど……みんなで夕飯、食っていかないか?」


 やはり勘違いではなかった。待ってましたとばかりに三人の表情がほころぶ。

 俺たちはメインストリートを少し引き返して、路地裏にある冒険者御用達の安くて旨い大衆食堂に向かう。

「みんなここはぼくに奢らせてよ」

「エドさん。わたくしも半分よろしいでしょうか」

 ピアスに今日の儲けをつぎ込んだ俺とラヴィは二人の好意に素直に甘える。

 とりあえず生ビールのノリで、ミードと呼ばれる蜂蜜酒を注文する。

 ちなみにこの世界では職業神託を受けると成人として認められる。それほど強くも好きでもないが、15歳の俺も公然と酒が飲めるわけだ。

 さらに俺たちはせっかくなのでワイルドステーキ、香草のスープ、それから女性陣の要望で迷宮サラダを注文する。

 無限迷宮のおひざ元だ。食材の多くがダンジョン産である。


「わたくしこういう場所でお食事をするの初めてです」

 お嬢様のルルは大衆食堂の雑多な雰囲気に興味津々と言った表情だ。

「ぼくはこうしてダンジョン攻略終わりにパーティーメンバーと食事に来るのが夢だったんだよね」

 エルフのエドは賑やかな場所はあまり得意ではないと言いつつも、この時間を心から楽しんでいるようだ。

 ラヴィはよほど気に入ったのか、流行りの歌を口ずさみながら深海色のピアスを指先で転がしている。

 みんなの様子に俺は安堵する。思い切って誘って良かった。ところがだ。穏やかなひと時は、無粋な連中によってあっけなく踏みにじられる。


「おいおい! 落ちこぼれ連中がいっちょ前に飯を食う気らしいぜ!」

「どうせ大して働いてねえんだからよぉ! その辺の草でも食ってろよ!」

「止めてやれ! あいつらはもうすぐアカデミーを退学になるんだ! これが最後の晩餐かもしれないだろ?」


 少し離れたテーブルで下品な笑い声が爆発する。アカデミーの学生たちだ。

 リラックスムードから一転、皆が顔を強張らせ全身を委縮いしゅくさせる。触らぬ神に祟りなしだ。

「無視しよう。相手にする必要はない」

 しかし、その学生たちはすっかり出来上がってるらしくたちが悪かった。


「おお! よく見りゃ女二人はかわいい顔してるぜえ!」

「お二人さん! そんな落ちこぼれ野郎たちとパーティーを組んでも10階層は突破できねえぜえ!」

「なんだったらオレたちがしてやろうかぁー?」

「お礼はその身体で払ってくれりゃいいぜえ!」


 赤ら顔の学生たちが下卑た笑い声を響かせる。ルルとラヴィが生気せいきを失った顔で俯き震えている。さすがにこれは無視できない。

「みんな店を出よう」

 俺たちは椅子から立ち上がる。その時だ――。


「くそジョブどもが! 無視すんな!」


 学生の一人が逃がしてなるものかとラヴィの手首を掴む。反射的にラヴィがその手を振り払う。鬼族オーガのパワー侮りがたしだ。男はくるんと空中で一回転して背中から床にどすんと着地して悶絶する。

 直後だ。仲間がやられたことに立腹した男たちが「このアマァ! なにしてくれてんだぁ!」と一斉にラヴィへと詰め寄る。

 ラヴィがか細い声で答える。


「……これは自己防衛だ。さ、先に手を出したのはそちらだ」

 

 すると、目敏い男が彼女の耳元に気付く。

「へー、この女。えらく高そうなピアスしてるぜえ」

「ほー、敵視ヘイトDOWNの効果付きか?」

「落ちこぼれジョブにはもったいねえ装備品だなぁ!」

「おーし、女、それをオレたちに寄越せ。それで許してやる」

 瞬間だ。ラヴィが怒りを露にする。



「ふざけるなッ! このピアスは死んでも渡すものかッ!」



 鬼族オーガの放つ強烈な威圧感に学生たちが気圧される。だが、その反抗的な態度が気に入らなかったらしい。

「う、うるせえ! 生意気なんだよッ!」

 巨躯の学生がラヴィを乱暴に突き飛ばす。小柄な彼女が大きく吹き飛ばされ背中をテーブルの角に打ち付け「うッ……」と床にうずくまる。苦しそうな彼女の顔を目にした途端――俺の理性がプツンと切れる。

 即座、俺は〈隠密〉〈闇討〉のアビを連続で発動させ、近くのテーブルからホークを奪うと、ラヴィを突き飛ばした巨躯の背後に影のように回り込み、躊躇いなくホークの切っ先をその脳天目掛けて突き出す。

 ――――ところが、切っ先は男の脳天手前でピタと止まる。


「おうおう、お前ら、ずいぶんとはしゃいでるではないか」


 見ると褐色の長身美女が俺のホークの先を指先でしっかりと捕まえていた。

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