第15話 誰かに必要とされること

「ごめん、ラヴィ! い、痛かったか……?」

 女の子を泣かせてしまったことに動揺しまくりの俺にラヴィは角の生えた丸い頭を不思議そうにかしげている。

「ん? どうした?」

 どうやらラヴィには泣いてるという自覚がないらしい。

「いや、ラヴィ、それ……」

 濡れた頬を指さすと「……あ!」とラヴィは慌てて背中を向ける。

「ラヴィさん? 大丈夫ですか?」

 ルルが心配そうに寄り添い小さな背中をさする。

「大丈夫だルル。悲しくて泣いてるわけじゃない」

 すぐさまラヴィがかぶりを振る。


「ただようやく全力で戦えるんだ、全力で戦っても責められないんだ……そう思ったらこれまで味わってきた悔しい想いがせきを切ったみたいに溢れてきてな」


「その気持ちとてもよく分かるよ」

 エドが自分のことのようにラヴィの言葉を噛みしめている。いや、エドだけじゃない。ルルも俺も感極まっている。落ちこぼれジョブであることで、俺たちは惨めな思いをたくさん味わってきたのだ。


「誰かに必要とされるのって良いよな」


 俺がしみじみと呟くと皆はしみじみと頷く。 

「俺、思うんだけどさ……生きてりゃいろいろ辛いことはあるけど、人間、誰からも必要とされないってことが一番辛いんだよな」

 これは前世での経験も込みの心からの実感である。

「はい。誰からも必要とされない日々はとても虚しいです。自分がなんのために生きているのか分からなくなります」

「うん。世界中の人々に必要とされたいだなんて分不相応なことを願ってるわけじゃないんだよね。たった一人で構わないんだよね」

「ああ……自分のことを本当に必要だと感じてくれる人がたった一人でもいてくれれば、それだけであたしは戦える」

 それらは皆の偽らざる気持ちだろう。ならばと俺もさらに本音を吐き出す。

「ぶっちゃけ俺たちは昨日出会って組んだばかりの未知数のパーティーだ。結果的に学期末までに10階層をクリアできないかもしれない」

 厳しい現実に皆の表情が曇る。

「それでも俺はこの4人でパーティーを組んだのは間違いじゃなかったって確信してる。だってみんなが俺を必要としてくれている。そして、俺はみんなのことを必要としている」

 瞬間、皆の顔がぱっと晴れる。


「その事実が今はなによりも重要なんだ」


 ありがたいことに俺の言葉に皆が深く頷いてくれる。何度も何度も。

 それぞれが感傷に浸ってしばし黙り込む。疲労感に充実感にささやかな幸福感。夏休みの黄昏たそがれ時を思い出させるようなまどろみの時間が流れてゆく。

 そんな時だった――。

 

「――わあ! 綺麗!」

 ルルが草原の遠くに目をやりながら感嘆の声を発する。

「見てください。綺麗な豚さんです。金色に輝いてます」

「本当だね。なにかの吉兆かな」

 ダンジョン経験の浅いルルとエドが呑気な会話をしているが、そこそこダンジョン経験のある俺とラヴィは叫ばずにはいられなかった。



「「金豚きんぶただあああああああああああああッ!」」



「金豚……?」

 不思議そうに眉をひそめるルルに俺とラヴィはオタクが趣味を語る時ばりの早口で捲し立てる。

「あれはゴールデンピッグ。通称、金豚。無限迷宮の全域にランダムで現れるレアモンスターなんだ!」

「ああ。その肉はゴールデンポークと呼ばれ大変に美味で、皮はゴールデンレザーと呼ばれる極上品で、魔核コアも含めて高値で取引されるぞ!」

「もちろん素材が高額なのには理由がある! 金豚は見かけることそれ自体がレアなんだが、なにより狩るのが非常に困難なんだ!」

「ふむ。強いとかではないな。初心者パーティーでも金豚の討伐は可能らしい。問題は金豚の逃げ足が信じられないほど速いってことだ……」

「それな! 金豚はとても臆病なモンスターで、冒険者の気配を感じたら一目散に逃げ出しちまうらしいんだ」

「えーっと、じゃあ狩るのは無理かな? どうするジュノンくん? 諦めるかい?」

 三人が俺に視線を集中させる。だから俺はビシッと親指で自らを指し示し誇らしげに応える。


「いや! やれる! なぜなら俺は忍者ニンジャだから!」


「ああ! そうか! ジュノンには〈隠密〉があるな!」

「そう! 〈隠密〉で近づいて〈闇討〉でズバーンよ!」

 俺はこの時ほど自分が忍者ニンジャで良かったと思ったことはない。自分のジョブがみんなのために役に立つことが心から誇らしかった。

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