第19話 やりだしたら止まれない

 宿に帰った優理は、本日の反省を少しだけ思考して、外で服を洗っていると他の服を買っていないことを思い出した。裸に近いような恰好で裏庭で考え事をしている優理に見かねて、亭主のアンガスの着なくなった服をエレーヌが笑顔でプレゼントしてくれたので感謝をしつつ、そのまま身体を執拗に洗い流すとすぐに着替えて夕食を食べに食堂に向かった。


「ふふ、よく似合っているわ。今日はラビットを丸焼きにしたものに自家製のソースをかけたものよ。肉汁と合わさって濃厚なソースだからパンにつけて食べるとおいしいわ?」



 涙が出るほどおいしかった。



 翌朝、毎日同じルーティーンを取り、朝のごった返している時間を躱し出勤して、同じ依頼を受け続けた。理由があり、一度始めたら満足するまではやりたかった。やりだしたら止まれないのだ。武器は持ってきておらず宿に置いている。


 初日とは違い、数日も働けば効率も能率もあがるもので、2日目、3日目ともなれば、2日目から使い始めた水属性魔法の使い方もなんとなく上達していき、汚れを落とす速さが上がっていった。


 生活魔法は仕事後にギルドの2階の資料室で術式をみた瞬間、もとから覚えてたのではないかと感じるくらいスムーズに頭の中に使い方が入ってきた。


 本当にこの世界では普通の人でも使えるようだ。ただMPを消費するので一般の人はそんなに乱使用することはできない。せいぜい一日に一回クリーンをかける程度だ。


 優理はレベルが多少あがっている為MPはそれなりにあるが、2日目に調子にのって実験をしすぎた結果、激しい頭痛や吐き気、急に身体の力が脱力するような感覚が襲ってきたことがあった。


 それがあってからは残りの魔力残量が感覚的にわかるようになってきて、効率的に物理掃除と魔法掃除を使い分けながら行っていたのだ。


 水魔法で水を勢い良く発射して、ブラシで擦り上げ、生活魔法のクリーンをかけていく。その速さで行えば少しの時間で一つの下水掃除をすることができた。


 7日間も同じ事をやっていたら、それなりに同業、孤児院の子や新人冒険者の人と仲良くなり話すようになるものだが、優理はこれまで誰とも話さずに黙々と仕事を行ってきた。孤児院の子も新人冒険者も話しかけたい気持ちはあるのだが、ただでさえきつい下水の匂いを真顔で表情も変えないで魔法を湯水のように使用する同ランクの冒険者の優理に、尊敬の眼差しを向け、自分も頑張ろうと刺激されることはあったが、近づきにくい雰囲気を感じて話しかけれていなかったのだ。


 前世で鍛えたぼっちクオリティーである。

 

 優理は7日目の仕事を終え、ギルドの受付にきていた。ギルドカードには貯金を記録できる機能もあったので、優理は初日受け取ってから報酬は受け取らず連日仕事を行っていた。


 ギルド職員の中では少しだけ興味を持つものも増えてきた謎の下水道少年は、今日もリュナの前にいた。職員はみんな気づいているのだ。リュナのお気にいりだと。



「お疲れ様です。ユリエスさん。本日もお礼が来ていますよ。いつも街の為にありがとうございますね」


「お疲れ様です。今日の分までの報酬を引き出したいのですが」


「はい。畏まりました。まず基本の依頼の報酬が430銅貨ですね。それと詰所の方からお礼として1割が追加ですね。43銅貨になります。7日で通常の3週間分くらい掃除が捗ったと喜んでおられました。合計で473銅貨なので銀貨が47枚と銅貨が3枚での報酬になります。お確かめください。」


「ありがとうございます。明日は休みますね。」


「そうですか。でわごゆっくりお過ごしください。」


「はい。失礼します。」


(最初の頃の彼は得体が知れなかったけど・・・礼儀正しく真面目。今は新人冒険者の中ではトップクラスの安定感があるわね)


(引き出したってことは拠点を移す? 移動するなら一言言ってから行きそうよね。彼って律儀そうだし。新人冒険者が預けるってだけでも驚きだけど・・・買いたいものでもできたのかしらね。)


(とりあえず彼が次に依頼を受けてきた時の為になんか依頼を見繕って、噂話でも面白い話ないか探して待ってよっかな。ふふ)


 リュナは冒険者ギルドの中でトップクラスの人気を誇る古株の受付嬢であり、冒険者としての実力もあり、誠実で、非常に真面目、冒険者にも強い意見も言え優しく意見してくれる為、同僚からも冒険者からも信頼が厚い人物だ。そして可愛い


 そんなリュナが、最近やけに機嫌が良いこともあり、普段は仕事中に見せる事のない笑顔を時々浮かべていることで、冒険者の中の人気は爆上がりしており、交際の申し出やデートのお誘いが後を絶たない状態が続いている。


 当然リュナはそんな事今はどうでもいいし気にしてもいないので断っている。リュナには専属受付嬢としてのプライドがあり、ユリエスが来た時の為のバックアップとして要望に叶える為、噂話などの情報収集、ユリエスが気になるであろう地域や植生、魔物の情報などを資料にまとめていつでも質問が来た時に答えれるようにしている為の時間に使うのだ。


 そんな彼女がとある少年を気にかけていることは他の同僚も把握しているが、彼女を射止めた者などこの世におらず、あり得るわけもないので、そんな彼女が気にかけている少年は彼女の意中の相手ではなく、少年に何か特別なことがあるんじゃないかと受付嬢の中では別の意味で人気になっていた。



「久しぶりの休みだな」

 


 明日は一日休みにした事もあって、気分が非常に気楽だ。1週間程度この街で生活してみて、この街に何がどこにあるのかくらいは宿の周辺くらいなら大体把握している。休みの日に行こうと少し興味がある場所が何か所かあったのを思い浮かべる


 とりあえず今日は宿に帰ってご飯を食べて寝るか


 その日の料理は、なにかを野菜と一緒に焼いて食べる料理だったが相も変わらずアンガスの料理は絶品だった。

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