第18話 冒険者としての仕事

 翌朝、優理は布袋を腰につけて、昨日貰った短剣を服の中に隠し、自作のこん棒ランスを持って冒険者ギルドにきていた。


 冒険者ギルドの1階は、昨日の冒険者のしおりを思い出す限りでは、食事もできる居酒屋のような場所と素材買取カウンター、素材販売所、依頼受付、相談窓口、依頼掲示板、パーティー募集板、お知らせ掲示板、演習場などがあり、2階には冒険者なら誰でも閲覧できる資料が置いてある資料室のような場所と会議室が多数併設されていて、雑談や休憩ができるスペースもある。


 朝の冒険者ギルドは掲示板の前で依頼の取り合いが勃発していて人ごみに溢れていた。基本あんまり依頼を受ける気がない優理は、そんなことは関係ないとばかりに受付へと歩いていた。


 受付には昨日の受付嬢リュナの姿はなく、人見知りの優理が他の受付嬢と話すのは難易度が高い為、優理は自然と人ごみを避けるように館内の散歩に向かった。


 何をするわけでもなく少し一階を見て回り、ところどころで受付や案内のギルド職員に話しかけられるが、優理は「大丈夫です」の一点突破で回避していく。


 1階をある程度見て回った後は、2階へと行き、休憩スペースに腰をおろした。


 周りには何グループか先に来てテーブルを囲んで座っていて、なにやら雑談を楽しんでる様子が見えたが、空いている席を見つけると隅っこの方に座って誰とも目を合わせず、座って適当に考え事をしながら時間を過ごすことにした。


 この何気ない何もしない時間が優理は好きなのだ。


 しばらく座って待っていると、1階の方から聞こえる声が静かになってきたので席を立ち、1階の受付へと向かった。


 するとリュナが他の冒険者と受付で話していたので、その後ろへと並び、順番待ちをすることにした。


「先日は残念な結果になりましたが、心折れず頑張ってくださいね。最初の頃は誰にだって失敗はありますので、次回から気を付けて冷静に立ち回れば大丈夫です。積み重ねが大事ですので、焦らずこつこつとやっていきましょう。」


 リュナが前の3人組冒険者との話を終えて、前の3人組が悔しそうな顔を浮かべながらギルドの入り口の方へと向かって優理とすれ違う形で歩いていった。


(この3人組どこかで・・・まぁいいや)


「ユリエスさん。おはようございます。今日は依頼受けられますか?」


(きたーーー! あの武器何度みてもツボ・・・やばい・・抑えないと)


「おはようございます。そうですね」


「Gランクなので、薬草採取の常駐依頼と、あとこちらとこちらがおすすめですね」


「はい」


(特定の薬草の納品、馬小屋の清掃、街の中の郵便物の配達、下水道の掃除か)


「えーと、どれが皆さんがやらないような残っている依頼ですか?」


「それでしたら下水道の掃除か馬小屋の掃除ですね。どちらも孤児院の方と合同で協力してやる仕事になります」


「じゃ今日は下水道の方で」


「畏まりました」


(その装備で・・・下水道掃除。この子がどんな子かわからなくなってきたわね)


「中央の詰所が集合場所になります。この依頼は掃除箇所が何か所かありまして、その掃除箇所の清掃が終わるごとに報酬を得る形の依頼になりますね。一件につき、10銅貨になります)


(どうゆう広さの場所かわからないが・・・10銅貨なら3件くらい回れば十分に元がとれるな)


「はい。すいませんこちらの荷物預かっていただくことってできますか?使わなさそうなので」


(ぶ! 聖剣! とぼろぼろの布袋・・・確かに汚れると困りますね)


「はい。預り所がありますので、こちらでお預かりしますよ」


「助かります。それでは」


 優理は布袋と自作のこん棒ランスをリュナに預けて仕事場に向かっていった。


「あれ、先輩。なんですかそれ?」


「ええ、お預かりしたものよ。気にしないでちょうだい」


「はあ」


(なんでリュナ先輩預り所に持っていかないんだろ・・・?)


 後輩受付嬢は不思議に感じながら自分の仕事へと戻っていった。優理の専属受付嬢を自称するリュナは、この優理の布袋は丁寧に横に起き、自作した武器を受付デスクに大事に立てかけたままそのまま仕事を始めた。


(ふふ・・・あの子は誰にも渡さないわ・・・)


 優理の知らないところで優理に興味を持つ人はこうやって確実に増えていっているが、そんなことは知らない優理は今日も能天気に楽しむのだった。


(プルプル 暖かい日なのに寒気が。風邪の兆候か?)


「すいません。ギルドに依頼を受けてきました。ユリエスです。」


「あー君が受けてくれたのか。ありがとうね。街の下水道は多いから人手が足りなくてね、助かるよ!」


「じゃ、ついてきて」


 詰所の兵士はそう言いながら、下水道へと案内し、仕事内容などを簡単に説明してさっていった。


「終わったら、また詰所に声をかけて! じゃよろしくね!」


 街の川の近くに等間隔で設置された下水道はすべての街にあるものを含めると1000は優に超えるだろう。その入り口からは近くにいるだけで嫌な臭いが漂ってくる。これは本気で気合を入れないとな、と優理はその入り口のひとつへと入っていった。


 中は薄暗く、既に数人の子供たちが黙々と作業をしている姿が見えた。掃除道具はその辺に立てかけてあり、詰所の兵士からどれを使ってもいいと言われている。


 優理は当然のように他の子どもたちに声をかけることもなく、黙々と作業を開始した。


 思ったよりも頑丈な汚れは、乾いているのもあってなかなかの強敵だ。洗剤もないこの世界では、固い物で削りとるか、水などで濡らしてゴシゴシするくらいしかないようで、周りの子供たちも何度も川に往復して水を運んで作業していた。


 優理は地味な作業をするのが割と嫌いではなく、匂いは強烈できつい嫌な仕事だから誰もやらないのだろうと理解はしていたが、あえてこの世界では誰もやらないような事を率先してやろうと決めていた。森で無心で自動狩りをしていた時にこの世界は熟練度があがる世界だと思っていたため、耐性が生えたり、筋力パラメータが上昇したりしないかといった打算もあっての行動だった。


 実のところ本人は意識していないが優理には精神耐性があるのでそこまで不快に感じていない。生きるのに必死な子供たちは稼げれば苦しくてもやらなくてはいけないので優理とは土台が違う。


「終わりました」


 優理が他の子どもたちと作業を行って一つの下水を掃除するのにかかったのは3時間。その間無心で行動し続けてもちろん休憩などはしていない。


 自分より幼い子供たちがあの年でもう仕事をしている事にも驚くが、治安がいい都市でも貧富の差は歴然としてあるというのは町中を見て歩いた時に感じて理解していたため、関心こそしても同情することはなかった。


 優理の中では全然満足していない掃除だったが、孤児院から来ていた子供たちが終わったと判断して出ていったので、優理も出てきたのだ。しかし詰所の人はいつもより状態がいいことに感心して報酬を上乗せすることを進言すると言っていた。


 本当のところ、この仕事は色々な準備が必要なのではないかと考え始めていた。まずは生活魔法のクリーンを覚え、使える水属性の熟練度と精度をあげれば洗剤を使わなくてももっと綺麗に掃除できるのでは?と考えていた。


(洗剤の代わりになるものでもあればいいが・・・その知識がないんだよな)


 そんな事を考えながら、それから残り2つの下水を掃除したところで、今日の労働は終了した。稼いだ額は33銅貨になった。


「お疲れ様です。詰所の方からお礼を含めて少しだけ上乗せと大変良い評価がきています。初日で疲れたと思います。ごゆっくり休まれてくださいね」


「それと本日お預かりしていたものを返却いたしますね。」


「お疲れ様です。また明日も同じの受けようと思うのでよろしくお願いします。」


 優理は異世界にきて初めての仕事を終えたのだった。


(ユリエスさん、他の冒険者がやらないような仕事を文句も言わず。尊敬します。頑張ってくださいね)


 帰路につく優理の背中が、ほんの少しだけかっこよく見えたリュナであった。


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