第2話 燃ゆる心
「・・・おっし、やってやりますかい」
覚醒して五秒。俺、中野優理は今まで感じた事もないくらいの活力となんともいえない幸福感を感じていた。
“だらだらした日常、何もない変化のない日々”
これから訪れるであろう濃密な人生を脳内で理解してしまった優理は今までにない熱量で”生きる”ことを密かに決意した。
今日から、いつもと違った一日を過ごそうと決意していた。色々考察したい衝撃的な出来事ではあったが、あれこれ考える時間が勿体なく、しかしながらに何故か溢れてくる無尽蔵な幸福感から、身体はいつになくスムーズに起動していた。
「っとその前に」
タイムリミットは着実に近づいていることを認識している。
しかし、再度思考を整理する時間は最重要だと改めて考え直し一次目を閉じその場に立ち止まって思考に没頭した。
平凡に生きてきた中で、数少なくはあるが出会った人物や思い出、迷惑をかけてお世話になった人、感謝すべき人、大変自分勝手な認識で、思い浮かべる
その思い浮かべた中で、自分の中の後悔に直結する人と、何がしたいのか、何を与え、何を遺すのか、思考した。限られた時間の中でという意識はそんなにない。今全力で生きると考えたときに、自分がどう生きたいか、どう在りたいかを考えていた。
「まずは、会社だな。 連絡・・・いや、出勤しないとな」
優理は今年で34歳になった会社員だ。いいおっさんである。顔は平凡、頭も平凡、運動神経も平凡、育ちも家庭も平凡、人付き合いは・・・・お察しである。
過去こそはあれど、中途半端なこの年で何かを変えたところで変わるわけもなく、変えようと努力したこともなかった。
休める範囲で休み、働ける範囲で働き、休日は引きこもってネットを開き、ラノベを読んだりゲームをしたりした。その中でもなんの衝動からか、非凡になれる作品、オンラインゲームやロールプレイングゲームを選んで、その世界でやりたい放題をする生活を選んだ。
優理の仕事は所謂営業系で、フレックスであり、実績さえ上げれば会社に出勤しなくても良いし、何時に出勤しなくてもいいので、今日も出勤しなくてもいいのだが、最期に気になることがあったので、出勤することにした。
今日の会社は、平日ということもあり、社員もリラックスして仕事に取り組んでいた。
「はい。・・・はい、わかりました。それではよろしくお願いします。」
優理は出勤して早々上司の元に行き、2日間の休みを申請することにした。今まで真面目でも不真面目でもないが、入社以来皆勤を続けている優理が休みを希望することなどなかったので上司は大変驚いていたが、数いる内の社員が一人休んだところで会社に何の影響もないこともあり、すんなり休みを取ることができた。初めての有給休暇である。
自分のデスクに座り、前日の事務作業の残りにとりかかろうとしたところで後ろから素敵な声で声をかけられた。
「中野さん、なにかいいことありました?」
(この素敵ボイスは事務の堺さん、部署のマドンナが俺に何の用だ?)
「はい? 特に変わりありませんが、どうかしましたか?」
「ふふ、今日はなんだか機嫌がいいみたいに見えましたので」
部署のマドンナ堺は、前下がりボブのつゆさらな黒髪に、引き込まれそうな綺麗な黒い瞳、奥ゆかしそうな端麗な日本人顔をしており、男から一度は興味を持つんじゃないかと思うくらいの女性で、控え目な胸にきゅっとしまったお尻、普段は目つきが少しだけ鋭いけど、笑ったらザ・癒しといった感じの素敵な女性で、とてもいい匂いを纏い、耳が幸せな綺麗な声をして、世の男性を困らせている悪い女性である。同僚の中では高嶺の花子さんだ。
「そうかな?普通だけど? じゃ明日から連休とるんで、仕事しますねー」
「はーい、頑張ってくださいねー(天使)」
(連休?珍しいですね。いつも無難な顔してるけど、今日はなんだか楽しそう?機嫌がいいような気がしたんだけど・・きのせいかしら 連休、気になりますね)
堺は事務仕事をする片手間でお茶くみをしているため、部署の全員の顔を毎日見ている。そんな堺の中野のイメージは、欲がなく、無難な振りをしている嘘つき男性でつかみどころがないよくわからないところが気になる人?だった
そんな堺のイメージ推察は割と当たっており、優理は社内ではもちろんプライベートや社外で付き合いが悪く、誰とも話さない。堺が本人と話したことがあまりない為に伝わることがないはずなのだが、さすがのマドンナだった。
「ふう。これで昨日の分は終わったなー。そろそろ昼か、帰ろうかな?」
優理は仕事の時は意外と几帳面な性格をしていて、人付き合わない事に尽力しているため、前日の仕事を放置して休むことでお客様にも会社にも迷惑がかかり、上司との無駄な会話、お客様に対しての必要以上の接触の機会が増えることが嫌だったので、こうして出勤してきて仕事をしていたが、それも終わったので今日は帰ろうと考えていた。
「中野さん、お疲れ様です。 お昼・・・一緒しませんか?」
「ああ堺さんか、・・もう帰ろっかなと思ってたんだけど・・・どうしよう?」
「ふふ、私にどうしようと聞かれましても? 面白いですね中野さん」
幸いお昼の時間になっていたので、ほかの社員も外のランチや弁当を食べる為に外に出ていっていた為、周りに気づかれたのは少数の同僚だったが、他から誘われる事はあっても異性で堺から誘われた者はいないため、少数の同僚は騒めいていた。
(んーまぁ会社に来るのも最期になるし、最期くらい行ってもいいか。同僚や上司に嫉妬されて目つけられても会社にもう来れないだろうしなあ)
「ぜひ。」
堺からのお誘いを受ける事にし、外へランチに向かうことになった。お昼時なので近いところは軒並み満席で空いている店はなかったが、私用じゃ絶対に行かないようなところを営業の仕事上リサーチがすんでいる穴場へと向かうことにした。平日のため、そこは空いており、夜の営業だけしていた店がランチを始めたばかりであるこの店は穴場となっており、無事席を確保することができた。
「ねえ中野さん?こうゆうとこ詳しいの?」
「いえ、仕事上こうゆうとこで打ち合わせをしますので」
「そうなんですね、ここ今度から通っていいですか?」
「ええどうぞ、私の店ではありませんので」
「ふふ、何を食べましょう?」
「私に聞かれましても・・・とさっき同じことありましたね」
ふふとほほ笑みながら堺は手慣れた手つきで食べるものを注文し、優理も同じものを頼むことにした。優柔不断なので、相手に合わせるのが楽なのだ。そうして30分程度無難な話をしながら食べ終え、ランチは終了した。
会社へと帰る途中--
「ねえ中野さん?」
「なんですか?」
「今朝も聞いたんですけど、なんかいいことありました?」
「堺さんとランチ行けたくらいですかね」
「ふふ、初めて色々お話できて楽しかったですよ?」
「いえ、こちらこそ」
優理はランチの間、ずっと質問を無難に返し、話題を無難に振り、適度に笑顔で話していた。仕事時は割り切っているが、プライベートではコミュ障なのだ。堺が最初に感じたイメージ通りで、今では”煙”のような人だなと感じていた。
(掴みどころがなく・・・今にも消えてしまいそうな・・そんな感じの雰囲気ね)
「ねえ中野さん? またランチ誘ってもいいですか?」
「んー、機会があれば、でよければ」
「わかりました、またお誘いしますね」
堺は人の顔色や性格を見て考察するのが得意だ。得意というか趣味だ。だがそんな堺でも、優理の置かれている状況がどうなっているのか、どんな心理状況なのかなんて、想像することは困難だった。
どんなに優れた人物でも経験したことがないことを想像するなんてことは不可能なのだ。だが、経験からか、優理がどこか遠くへいってしまいそうな感覚を感じていたのだった。微妙に正解を掴む事に成功している。さすがはマドンナである。
「でわ、私は直帰しますのでー、こちらで失礼します。」
「あらもう帰られるんですね。でわまた明日・・・・2連休だったわね」
手を振り去ったあとこちらに振り向くこともなく帰路につく優理をの背中を堺は見ていた。やはり消えそうでどこか儚い背中だ。そんな雰囲気を感じる。しかし気にはなったが、まだ別段仲が良いわけでもないので、堺は会社へと戻っていった。
「・・・・ふうw やばw緊張したわw やっぱ無理やわ強すぎマドンナw」
堺が会社に戻っていったのを確認して、優理は肺の中にあった空気を吐き出した。優理は女性と話したことがないわけでもなく、話したからといって特に感情が高ぶることはなかったのだが、現在進行形でタイムリミットが迫っている状況では、活気に満ちており、全力で3日間を謳歌中なので、ドキドキが止まらなかったのだ。
(普通に会話うまいし、何言っても返してくれるし、終始笑顔だし、仕草は美しいし、どうにかなりたいとかじゃないけど、やっぱ俺とは格が違うわwひきこもりたいw)
そんな事を考えながら、一時帰路へとつくのであった。
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